翻刻
【右丁】
門(もん)に入(いり)て教(をしへ)を受(うけ)世(よ)に其名(そのな)を聞(きこ)ゆる者(もの)本居宣長(もとおりのふなか)橘千蔭(たちはなちかけ)平(たひらの)
春海(はるみ)藤原宇万伎(ふちはらのうまき)楫取魚彦(かんとりなひこ)及ひ倭文女(しつちよ)等(とう)也
家集 《割書:はう暦(れき)十四年の秋(あき)濱(はま)まちといふ所へ家(いへ)をうつして》
《割書:庭(には)を野へまたは畑(はた)につくりて所もいさゝかかたへなれは|名をあかたゐといひて住そめける九月十三夜に月めてん|とてしたしき人〳〵つとひて哥よみけるついてによめる》
こほろきの鳴やあかたの我宿に月かけ清しとふ人もかな
あかたゐのちふの露原かきわけて月見にきつる都人かも
《割書:くすみ氏(うち)のもとより嵐(あらし)の朝(あした)とふらひておこしたる|かへりことに夜(よ)へ吹(ふき)ちらしたる屋根板(やねいた)にかきて|やりぬ》
野わきしてあかたの宿はあれにけり月見にこよと誰に告まし
《割書:きさらきのまつかたいく女の君おはしたるに庭(には)を|はたにつくれるかすゝなの花咲(はなさき)たりけるに》
春されは鈴菜花咲あかたみに君来まさんと思ひかけきや
新大橋(しんおほはし)両國橋(りやうこくはし)より川下(かはしも)の方(かた)濱町(はまちやう)より深川(ふかかは)六/間堀(けんほり)へ架(わた)す長(なかさ)
凡(およそ)百八間あり此橋(このはし)は元禄(けんろく)六年癸酉/始(はしめ)て是(これ)をかけ給ふ両國橋(りやうこくはし)の
【左丁】
旧名(きうみやう)を大橋(おほはし)と云/故(ゆゑ)に其名(そのな)によつて新大橋(しんおほはし)と号(なつけ)らるゝとなり
風羅袖日記 《割書:元禄(けんろく)五申年の冬/深川大橋(ふかかはおほはし)》
《割書:なかはかゝりけるとき》
初雪やかけかゝりたるはしのうへ 芭蕉
《割書:同しく橋(はし)成就(しやうしゆ)せし時(とき)》
ありかたやいたゝひて踏はしのしも 仝
三派(みつまた) 新大橋(しんおほはし)の下(しも)分流(ふんりう)の所(ところ)を云(いふ)浅草川(あさくさかは)と箱崎(はこさき)の間(あひた)の流(なかれ)との
分(わか)れ流(なか)るゝ所(ところ)なれはなり《割書:此所(このところ)を別(わか)れの淵(ふち)と云(いふ)は汐(しほ)と|水(みつ)とのわかれ流(なか)るゝ所故(ところゆゑ)にいふ》此所(このところ)は月(つき)の
名所(めいしよ)なり《割書:因(ちなみ)に云(いふ)明和(めいわ)八年辛卯/中流(ちゆうりう)を堙埋(いんまい)して人居(しんきよ)とし中洲(なかす)と称(しよう)せり|されと洪水(こうすゐ)の時(とき)便(たより)あしきとて寛政(くわんせい)元酉年に至(いた)り復(また)元(もと)の如(こと)くの川(かは)に》
《割書:堀立(ほりたて)|らる》昔(むかし)は多(おほ)く遊女(いうちよ)哥舞妓(かふき)の類(たく)ひこゝに船(ふね)をうかへて宴(えん)を催(もよほ)し殊(こと)
更(さら)月(つき)の夕(ゆふへ)は清光(せいくわう)の隈(くま)なきを翫(もてあそ)ひ酒(さけ)に對(たい)して哥(うた)諷(うた)ひなんと
甚(はなはた)賑(にきは)しかりしとなり《割書:江戸雀(えとすゝめ)に諸國(しよこく)の大船(おほふね)殊(こと)に唐船(たうせん)此川(このかは)にかくる|隈(くま)なき納涼(なうりやう)の地(ち)なれは船遊(ふなあそ)ひの船(ふね)に波(なみ)の》
《割書:つゝみ風(かせ)のさゝら芦(あし)の葉(は)の|笛吹(ふへふき)ならしと云々》
三叉江泛舟 春台
風静叉江不起波 軽舟汎々酔中過 天遊只