翻刻
【右丁】
《割書:三河万歳(みかはまんさい)江戸(えと)に|下りて毎歳(まいとし)極月(しはす)|末(すゑ)の夜(よ)日本橋(にほんはし)の|南詰(みなみつめ)に集(あつま)りて|才蔵(さいさう)をえらひて|抱(かゝ)ゆるなり是を|才蔵/市(いち)といふ》
【図】
【左丁】
在人間外 長嘯高吟雑棹歌
《割書:人々にともなはれて八月の十六夜/三派(みつまた)に舟(ふね)を|うかへて月見(つきみ)はへりしに歌(うた)諷(うた)ふ哥舞妓(かふき)子の|年十六なりといへは》
美しき人も二八の十六夜月もみつまたあるものてない 卜養
山もありまた舟もあり川もあり数はひとふたみつまたの景 仝
江戸橋(えとはし) 日本橋(にほんはし)の東(ひかし)にありて伊勢町(いせちやう)より本材木町(ほんさいもくちやう)へ行(ゆく)間(あひた)に架(わた)す
南(みなみ)の橋詰(はしつめ)巽(たつみ)の角(すみ)に船宿(ふなやと)あり江戸(えと)の内(うち)諸方(しよはう)への船場(ふなは)なり又
同所/西(にし)の方(かた)木更津河岸(きさらつかし)と字(あさな)す房州(はうしう)木更津(きさらつ)渡海往還(とかいわうくわん)の
船(ふね)こゝに集(つと)ふ故(ゆゑ)に名(な)とす
四日市(よつかいち) 江戸橋(えとはし)と日本橋(にほんはし)の間(あひた)川(かは)より南(みなみ)の方(かた)の大路(おほち)を云(いふ)昔(むかし)は四日市(よつかいち)
場(は)といひし村(むら)にていにしへは今(いま)の繫華(はんくわ)の如(こと)き事なけれは萬(よろつ)の賈(こ)
衒(けん)も市(いち)をなして交易(かうえき)せされは得(え)かたし故(ゆゑ)に所々(しよ〳〵)に其日市(そのひいち)を
立(たつ)る區(ちまた)を名(な)つけて某日市(それのひのいち)と云(いふ)羽州(うしう)のあたりには二日/市(いち)と云(いふ)より
十日/市(いち)と云(いふ)迄(まて)區(ちまた)の名(な)につき交易(かうえき)せり此地(このところ)も昔(むかし)は毎月四の日に