翻刻
【右丁】
暴風(はうふう)吹發(ふきおこ)り逆浪(けきらう)天(てん)を浸(ひた)し既(すて)に其舩(そのふね)覆(くつかへ)らんとす義家朝臣(よしいへあそん)
鎧一領(よろひいちりやう)をとつて海中(かいちゆう)に投(とう)し龍神(りうしん)に手向(たむけ)て風波(ふうは)の難(なん)なか
らしめむ事(こと)を祈請(きしやう)す遂(つひ)につゝかなく下総國(しもふさのくに)に着岸(ちやくかん)ありし
より此所(このところ)を《振り仮名:鎧か淵|よろひ ふち》と呼(よ)へりとなり《割書:元禄(けんろく)開板(かいはん)の江戸鹿子(えとかのこ)に平将門(たひらのまさかと)|此所(このところ)に兜鎧(かふとよろひ)を置(おく)兜(かふと)は塚(つか)に築(つき)て》
《割書:牧野侯(まきのこう)の庭中(ていちゆう)に|ありと記(しる)せり》
兜塚(かふとつか) 同所/海賊橋(かいそくはし)の東詰(ひかしつめ)牧野家(まきのけ)の庭中(ていちゅう)にあり源義家朝臣(みなもとのよしいへあそん)
奥州征伐(あうしうせいはつ)凱陣(かいちん)のとき先(さき)の報賽(ほうさい)のため且(かつ)は東夷鎮護(とういちんこ)の為(ため)と
して日本武尊(やまとたけのみこと)の古(ふる)き例(ためし)に準(なら)ひ自(みつから)の兜(かふと)を一堆(いつたい)の塚(つか)に築(つ)き
篭(こめ)給ひしとなり今(いま)其(その)傍(かたわら)に義家朝臣(よしいへあそん)の霊(れい)を鎮(まつ)る小祠(こみや)
あり《割書:紫(むらさき)の一本(ひともと)といへる双紙(さうし)に甲山(かふとやま)とありて藤原秀郷(ふちはらのひてさと)平将門(たひらのまさかと)を討(うち)|其首(そのくひ)を冑(かふと)と共に持添(もちそへ)きたりしか冑(かふと)をは此地(このち)に埋(うつ)めたるとあり》
永田馬場(なかたはゝ)山王(さんわう)御旅所(おんたひしよ) 茅場町(かやはちやう)にあり遥拝(ゑうはい)の社(やしろ)二宇(にう)並(なら)ひ建(たて)り
寛永(くわんえい)年間(ねんかん)此地(このち)を山王(さんわう)の御旅所(おたひしよ)に定(さため)らるゝといへり《割書:一/宇(う)は神主(かんぬし)|樹下氏持(しゆけうちもち)也》
《割書:一/宇(う)は別當(へつたう)|観理院持(くわんりゐんもち)也》隔年(かくねん)六月十五日/御祭礼(こさいれい)にて永田馬場(なかたはゝ)の御本社(こほんしや)より
【左丁】
神輿三基(しんよさんき)此所(このところ)に神幸(しんかう)あり假(かり)に神殿(しんてん)を儲(まう)け供御(くこ)を献備(けんひ)し
別當(へつたう)は法楽(ほふらく)を捧(さゝ)け神主(かんぬし)は奉幣(ほうへい)の式(しき)を行(おこな)ひ夜(よ)に入て帰輿(きよ)
なり其(その)行装(きやうさう)榊(さかき)大幣(おほぬさ)菅蓋(すけかさ)錦蓋(にしきのかさ)雲(くも)の如(こと)く社司(しやし)社僧(しやそう)は騎馬(きは)に
跨(またか)り或(あるひ)は輿(こし)に乗(しやう)し前後(せんこ)に扈従(こしう)す諸侯(しよこう)よりは神馬(しんめ)長柄鎗(なかえのやり)
等(とう)を出(いた)されて途中(とちゆう)の供奉(くふ)厳重(けんちゆう)なり又/氏子(うちこ)の町々(まち〳〵)よりは思(おも)ひ〳〵に
練物(ねりもの)あるひは花屋臺(はなやたい)車楽(たんしり)等(とう)に錦爛純子(きんらんとんす)抔(なと)のまん幕(まく)を打(うち)
はへ各(おの〳〵)其(その)出立(いてたち)花(はな)やかに羅綾(らりやう)の袂(たもと)錦繡(きんしう)の裔(すそ)をひるかへし粧(よそほ)ひ
巍々(きゝ)堂々(とふ〳〵)として善美(せんひ)を尽(つく)せり此日(このひ) 官府(くわんふ)の御沙汰(こさた)として
神輿通行(しんよつうかう)の御道筋(おんみちすち)は横(よこ)の小路々々(こうち 〳〵 )は矢来(やらい)を結(ゆ)はしめて往(わう)
来(らい)を禁せらる実(まこと)に大江戸(おほえと)第一(たい )の大祀(たいし)にして一時(いちし)の壮観(さうくわん)たり
薬師堂(やくしたう) 同(おなし)く御旅所(おんたひしよ)の地(ち)にあり本尊(ほんそん)薬師如来(やくしによらい)は恵心僧都(ゑしんそうつ)の
作(さく)なり山王権現(さんわうこんけん)の本地佛(ほんちふつ)たる故(ゆゑ)に慈眼大師(しけんたいし)勧請(くわんしやう)し給ふ
といへり縁日(えんにち)は毎月八日十二日《割書:正五九月廿日|には開帳(かいちやう)あり》にして門前(もんせん)二三町の間/植木(うゑき)の