翻刻
市(いち)立(たて)り別當(へつたう)は醫王山(ゐわうさん)智泉院(ちせんゐん)と号(かう)す《割書:元(もと)は鎧島山(かいとうさん)と|号(なつけ)しとなり》本尊縁起(ほんそんえんきに)日(いはく)
恵心僧都(ゑしんそうつ)は其父母(そのふほ)大和國(やまとのくに)高尾寺(たかをてら)の薬師佛(やくしふつ)に禱(いの)りて設(まう)くる
所(ところ)の霊児(れいし)なり僧都(そうつ)佛門(ふつもん)に入て後(のち)法恩(ほふおん)を謝(しや)せんか為(ため)自(みつか)ら此本(このほん)
尊(そん)を彫刻(てうこく)ありて高尾寺(たかをてら)に安置(あんち)せられしに遥(はるか)の後(のち)相州(さうしう)大場(おほは)
村(むら)に遷(うつ)し奉(たてまつ)りたり然(しかる)に慈眼大師(しけんたいし)東叡山(とうえいさん)にうつし奉(たてまつ)る此地(このち)也
大城(たいしやう)の東(ひかし)に位(くらゐ)ししかも山王(さんわう)の本地佛(ほんちふつ)たるによりこゝに安置(あんち)なし
奉(たてまつ)らるゝとなり
天満宮(てんまんくう) 同(おなし)境内(けいたい)にあり社司(しやし)諸井氏(もろゐうち)奉祀(ほうし)す《割書:二月八月共に廿五日を|祭(さい)日とせり神像(しんさう)は画(くわ)》
《割書:幅(ふく)にして寛永(くわんえい)年間(ねんかん)柳営(りうえい)に奉仕(ほうし)の春日局(かすかのつほね) 大樹(たいしゆ)より拝受(はいしゆ)せられしを山王(さんわう)の|神主(かんぬし)日吉(ひよし)右京進(うきやうのしん)へ附与(ふよ)あり其後(そのゝち)諸井氏(もろゐうち)請(こひ)得(え)てこゝに勧請(くわんしやう)なし奉(たてまつ)るとなり》
類柑子 北(きた)の窓(まと)
我栖(わかすむ)北隣(きたとなり)に芦荻(あしをき)茂(しけ)く生(おひ)て笹阿(さゝのくま)なる地(ち)あり茅場町(かやはちやう)といふ
名(な)にふれて昔(むかし)は海邊(うみへ)なりしを今(いま)は栄行(さかえゆく)家作(いへつく)りして
山王権現(さんわうこんけん)の御旅所(おたひしよ)と定(さた)め薬師佛(やくしふつ)立(たち)給ふに堂(たう)のかみ斗(はかり)
【左丁】
たゝほのかに繪(ゑ)にかけると見ゆ空地(くうち)は水(みつ)をためて池(いけ)めかし
深草(みくさ)引(ひく)人しなけれは蓼(たて)の花穂(はなほ)に立(たち)のひなも■【みヵ】箒木(はゝきゝ)
色(いろ)つきわたる雨風(あめかせ)につけても虫(むし)の聲(こゑ)聞(きゝ)まさり大(おほ)かたの
空(そら)もうつゝなるに待(まつ)にかならす出(いつ)る月(つき)かなとことはりし
窓(まと)ふたかたに明(あく)めり《割書:中略》北(きた)にうたゝねして炎夏(えんか)わつら
はしからす竹(たけ)の簀子(すのこ)に這出(はひいて)て蛍(ほたる)をかそふるもはした
なし娘(むすめ)の四つはかりなるあふなくふとはしりてとらん
とすあやまちすへしさはおりぬものよ手(て)とりてなと
母(はゝ)そすかすめり《割書:下略》
俳仙(はいせん)宝晋斎(はうしんさい)其角翁(きかくをうの)宿(やと) 茅場町(かやはちやう)薬師堂(やくしたう)の辺(あたり)也(なり)といひ傳(つた)ふ元禄(けんろく)の
末(すへ)こゝに住(ちゆう)す即(すなはち)終焉(しゆうえん)の地(ち)なり
《割書:按(あんする)に梅(うめ)か香(か)や隣(となり)は荻生(をきふ)惣右衛門といふ句(く)は其角翁(きかくをう)のすさひなる由(よし)普(あまね)く人口(しんこう)に|膾炙(くわいしや)す依(よつ)て其(その)可否(かひ)はしらすといへともこゝに注(ちゆう)して其(その)居宅(ゐたく)の間(あひた)近(ちか)きをしるの一助(いちしよ)たらしむるのみ》
徂徠先生(そらいせんせい)居宅地(きよたくのち) 同所/植木店(うゑきたな)なりといふ先生(せんせい)一/号(かう)を蘐園(くわんゑん)といはれし