東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之2 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之2 - ページ 47

ページ: 47

翻刻

【右丁】  火災(くわさい)の後(のち)やしきは麴町(かふしまち)三丁目の裏(うら)へうつされ同十二年の頃(ころ)其(その)跡(あと)へ  新(あらた)に馬場(はゝ)を開(ひら)かるゝといへり《割書:馬場(はゝ)の地(ち)は天明(てんめい)五年/今(いま)の芝西應寺町(しはさいおうしまち)その代(たい)|地(ち)にて町屋(まちや)の地(ち)馬場(はゝ)なりといふ》  此所(このところ)の井(ゐ)を采女(うねめ)の井(ゐ)といふも彼(かの)やしきの用水(ようすゐ)なり故(ゆゑ)にしか名(な)つくるなり 哥舞妓芝居(かふきしはゐ) 木挽町(こひきちやう)五丁目にあり今(いま)森田勘弥(もりたかんや)の哥舞妓芝居(かふきしはゐ)綿々(めん〳〵)  として相続(さうそく)す《割書:芝居(しはゐ)の基原(きけん)は堺町(さかひちやう)葺屋町(ふきやちやう)|哥舞妓芝居(かふきしはゐ)の条下(てうか)に詳(つまひらか)なり》昔(むかし)は此所(このところ)六丁目に山村長太夫(やまむらちやうたいふ)  といひし名代(なたい)の狂言座(きやうけんさ)ありて中村(なかむら)市村(いちむら)森田(もりた)等(とう)の芝居(しはゐ)をあはせて  すへて四/座(さ)なりしかと正徳(しやうとく)四年の頃(ころ)故(ゆゑ)ありて此芝居(このしはゐ)を止(や)めらる《割書:山村長(やまむらちやう)|太夫座(たいふさ)を》  《割書:初(はし)めは岡村(をかむら)長兵衛と云(いふ)実子(しつし)なくして従子(をひ)七十郎といへるを養(やしなひ)て子(こ)とす二代/岡村(をかむら)|五郎左衛門/是(これ)なり後(のち)に名(な)を改(あらため)て山村(やまむら)長太夫といふ是(これ)も女子(によし)のみありしかは婿(むこ)をとりて》  《割書:相続(さうそく)す此時(このとき)に至(いた)りて断絶(たんせつ)せしなり此芝居(このしはゐ)は正保(しやうほ)元年申歳に始(はしま)るとそ東海道名所(とうかいたうめいしよ)|記(き)に木挽町(こひきちやう)に喜太夫(きたいふ)か浄瑠理(しやうるり)其外(そのほか)異類(いるい)異形(いきやう)のものを見するとあれは昔(むかし)は狂言(きやうけん)》  《割書:座(さ)の外(ほか)に見(み)せ物(もの)の類(るい)|ありしなるへし》 織田有楽斎(おたうらくさい)弟宅地(ていたくのち) 元数寄屋町(もとすきやちやう)の地(ち)なりと云(いふ)慶長(けいちやう)の頃(ころ)此地(このち)を織田(おた)  有楽斎(うらくさい)に賜(たま)はりしか其後(そのゝち)は空地(くうち)となりて三四丁か程(ほと)芝生(しはふ)となり春(はる)は  摘草(つみくさ)夏(なつ)は池水(ちすゐ)に涼(すゝみ)なんとして其頃(そのころ)は林泉(りんせん)の形(かたち)も残(のこ)り殊更(ことさら)櫻楓(あうふう)等(とう)の 【左丁】  二樹(にしゆ)多(おほ)く春秋共(はるあきとも)に遊望(いうまう)の地(ち)にて寛永(くわんえい)の頃(ころ)迄(まて)は折(をり)にふれて  大樹(たいしゆ)此地(このち)に御遊猟(こいうりやう)なとあらせられしとなり《割書:有楽斎(うらくさい)名(なは)長益源五郎(なかますけんこらう)と|称(しよう)す乃其軒(ないきけん)と号(かう)す法名(ほふみやう)》  《割書:融覚(いうかく)信長公(のふなかこう)の弟(おとゝ)にして茶道(さたう)を利休居士(りきうこし)に受(うけ)て一家(いつけ)の風(ふう)あり元和(けんわ)七年に卒(そつ)す|此人/茶事(さし)に長(ちやう)す故(ゆゑ)に宅地(たくち)にいくつともなく数寄屋(すきや)を建置(たておか)れし旧跡(きうせき)なれはとて|後世(こうせい)土人(としん)数寄屋(すきや)の唱(となへ)をうしなはすして町(まち)の名(な)によへりとなり》 新橋(しんはし) 大通(おほとほ)り筋(すち)出雲町(いつもちやう)と芝口(しはくち)一丁目との間(あひた)に係(かく)る正徳(しやうとく)元年辛卯/朝鮮(てうせん)  人(しん)来聘(らいへい)の前(まへ)宝永(はうえい)七年庚寅/此所(このところ)に新(あらた)に御門(こもん)を御造営(こさうえい)ありて  芝口御門(しはくちこもん)と唱(とな)へ橋(はし)の名(な)も芝口橋(しはくちはし)と更(あらため)られしか享保(きやうほ)九年正月廿九日  の火災(くわさい)に焼亡(しやうほう)するの後(のち)は復旧(またいにしへ)の町家(まちや)となされたり此川筋(このかはすち)の東(ひかし)木挽町(こひきちやう)  七丁目と芝口新町(しはくちしんまち)の間(あひた)に架(わた)せしを  汐留(しほとめ)はしといふ      正徳(しやうとく)四年      江戸図(えとつ) 【図】