翻刻
泊心安からぬほとの人数なかに旅家一時に倒れ懸れ
忽火燃上り不残焼失怪我人夥敷其騒動
絶言語さりなから善光寺本堂別条なき故堂内
通夜の者壱人の怪我もなく越後上州も震動に
出火大川出水水火の責といふへし真田城下町之
大地さけ家数百七十八軒潰れ人数六十人ほと行衛不知
飯山城下も大山くつれ落たり尾州より善光寺参詣
同夜泊り合せし者帰国之者もありて咄區々也府もの
死亡人廿六人とかや古来未曽有の大変也
四月三日御届
私御代官所当分御預所信濃国高井郡水内郡
村々之儀当月廿四日夜戌中刻比亥上刻頃江かけ
大地震発翌廿五日卯之中刻漸相鎮候処地所
割裂泥水吹出し潰家人牛馬死失多く家内
不残死絶候者も有之怪我人ハ夥敷一村皆潰家ニ
相成候村々も有之前代未聞之変事之趣追々
届出候ニ付不取敢手代共差出申候且陣屋許
中野村之儀ハ損家等有之候迄ニ而陣屋も別条
無御座候委細之儀ハ追而可申上候得共先此段