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コレクション: コレクション2

BnF. Département des manuscrits. Japonais 5602 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 5602 - ページ 28

ページ: 28

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 其頃(そのころ)此辺(このあたり)の風呂屋(ふろや)に湯女(ゆな)を置(おき)て客(きやく)を招(まねき)しにより又 六法組(ろくはふくみ)  とて武夫(ふふ)にもあらぬ壮年(さうねん)の侠夫(きゆうふ)大小 立髪(たてかみ)の異風(ゐふう)なる出立(いてたち)にて  此(この)風呂屋(ふろや)の辺(あたり)を徘徊(はいかい)せしかは是(これ)を丹前六法風(たんせんろくはふふう)と呼(よひ)ける《割書:丹前(たんせん)は丹後殿(たんことの)|前(まへ)の略語(りやくこ)なり》  《割書:今(いま)も此地(このち)に清水屋(しみつや)梶川(かちかは)抔(なと)云(いふ)湯屋(ゆや)あり則(すなはち)昔(むかし)の湯女風呂(ゆなふろ)|にして其頃(そのころ)は清水風呂(しみつふろ)梶(かい)か風呂(ふろ)と称(とな)へたりしとなり》後(のち)に哥舞妓(かふき)芝(しは)  居(ゐ)にて狂言(きやうけん)に取組(とりくみ)名(な)も丹前(たんせん)とよひけるとなり《割書:所謂(いはゆる)六法(ろくはう)とは|神祗組(しんきくみ)鶺鴒組(せきれいくみ)》  《割書:白柄組(しらつかくみ)銕棒組(かなほうくみ)唐犬組(たうけんくみ)|笊籬組(さるくみ)等(とう)なり》 藍染川(あゐそめかは) 神田(かんた)鍛冶町(かちちやう)の通(とほり)を横(よこ)きりて東(ひがし)の方(かた)へ流(なか)るゝ溝(みそ)なり里(り)  諺(けん)に一町はかり上にて南北(なんほく)の水(みつ)落合(おちあひ)此所(このところ)にて会流(くわいりゆう)する故(ゆゑ)に  逢初(あひそめ)と云の儀(き)にとると云又 紺屋町(こんやちやう)の辺(あたり)を流(なか)るゝ故(ゆゑ)に藍染川(あゐそめかは)と  云ともいへり《割書:此(この)溝(みそ)の端(はた)鍛冶町(かちちやう)の裏(うら)の小路(こうち)に養善院(やうせんゐん)といへる真言(しんこん)の|庵室(あんしつ)あり本尊(ほんそん)を頬焼(ほうやき)薬師(やくし)と字(あさな)す此(この)本尊(ほんそん)昔(むかし)千葉助(ちはのすけ)》  《割書:常胤(つねたね)の侍女(しちよ)に代(かは)りて自(みつか)ら|頬(ほう)を焦(こか)し給ふといひならはせり》 於玉(をたま)か池(いけ) 舊名(きうみやう)を桜(さくら)か池(いけ)と云 今(いま)神田(かんた)松枝町(まつえちやう)人家(しんか)の後園(こうえん)に於玉(おたま)  稲荷(いなり)と称(しよう)する小祠(こみや)あり里諺(りけん)に云 於玉(おたま)か霊(れい)を鎮(まつ)ると其(その)傍(かたはら)に