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___第二十章 劇場旅館料理店 三五八
第二十章 劇場旅館料理店
△ 劇 場
◇東雲座 呉服町にあり。明治三十三年の設立にして、株式組織なりしが大正十年五月現営業者山森三九郎氏に帰
せり而して氏は当時場内の設備甚だ不完全なるを慨し、奮つて其の改善に力を致し大に面目を改めたり。建坪三百余坪、
定員千百八十五名、市内第一位の劇場として知られたり。
◇豊橋座 花田町石塚にあり。明治三十四年九月の創立にして、もと名古屋市幅下なる西栄座を移築したるものな
り。建坪二百六十余坪、定員千四百四名。下地町永井仙十氏の経営なりしが、大正四年同町中西広三郎氏に移り現今に至
れり。主として賃貸を目的としつゝあり。
◇帝国館 上伝馬町にあり。明治二十六年十一月の設立にして、当時弥生座と称し演芸を公開したりしが、大正十
年九月前経営者夏目京吉氏より現経営者石井常吉氏の手に移り、設備を完成して今の名に改め、活動常設館となれり。現
坪數九十一坪、定員五百十五名、映画は主として日活会社のものを用ふといふ。
◇豊明館 神明町にあり。大正元年九月の新設なり、新川町加藤弥太郎氏の経営なりしが、大正十一年一月株式組
織に変更せり。建坪五十六坪、定員六百六十五名にして活動常設館たり。松竹キネマの映画を上演しつゝあり。
◇錦 館 松葉町にあり。大正十年六月岡本競氏の創立せるものにして、錦正館と称せり。建坪六十七坪、定員四
百十二名、主として帝国キネマ会社の映画を用ひつゝあり。大正十五年五月錦館と改称せり。
◇大盛館 西八町にあり。大正八年六月の設立にして、有樂館と称し、資本金六万円の株式組織なり、建坪百五十
八坪定員五百二十二名にして、大正十三年一月大盛館と改称せり。活動常設館にして、牧野キネマ株式会社の映画を上演
しつゝあり。社長高橋小十郎氏、專務取締役村上芳次郎氏なり。
◇河原座 上伝馬町にあり。明治三十五年の創立にして河原一郎氏の経営に属せり。初め萱町にありしが、大正六
年現地に移りたるものにして、諸演芸を主として公開し、現在建坪六十三坪、定員五百五十九名なり。現在は植村光治郎
氏の経営に係る。
◇蝶春座 新停車場通清水町にあり。明治四十四年十月の設立にして寿座と称し市内松山牧野米作氏の経営に属せ
しが大正二年鍜冶町鈴木弥三郎氏に移り、又同九年清水町八木儀三郎氏に移り現今に至れり。建坪四十坪、定員五百八十
二名なり、大正十三年二月蝶春座と改称せり。
△ 旅館及料理店
◇旅館の主なるもの
商号 所在 営業主 || 商号 所在 営業種
岡田屋 停車場前 岡田吉三郎 || 山田館 停車場前 河合利一
つぼや 仝 加藤庄六 || 大村屋 仝 大村友古
小島屋 札木町 富田源四郎 || 遠州屋 仝 湊本義兼
ます屋 仝 佐藤伝次郎 || 若松屋 仝 鈴木寿八
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