翻刻
記
一永代惨話
文化の夢
一菊亭香水
纂輯
一松山旭斎
図画
右出版候事
萬字堂
本店
橋柱(はしばしら)朽(くち)にし
日(ひ)こそ
悲(かな)しけれ
世(よ)の常(つね)なきを
渡(わた)りながらも
深川梅園
《割書:永代|惨話》文化の夢
《箱:事実之考証》 下(しも)に掲(かゝ)ぐるものは当時(とうじ)町奉行(まちぶぎやう)某よ
り老中(らうぢう)某の許(もと)へ贈(おく)りたる書翰(しよかん)の中(うち)
より抜書(ぬきがき)せるものなり
〇八月十五日は深川八幡宮(ふかがははちまんぐう)、三十四年目の祭礼(さいれい)にて、殊(こと)に当(とう)
年(ねん)は身延山(みのぶさん)尊像(そう?ざう)も、同所|浄心寺(ぢやうしんじ)に於(おゐ)て開帳(かいちよう)有之候|筈(はづ)に付(つ)
き、当日(とうじつ)の賑(にぎは)ひは定(さだ)めて言(いは)ん方(かた)なき事(こと)と存(ぞんじ)居(をり)候(そろ)、
扨(さて)七月の末頃(すへごろ)よりは、祭(まつり)の番附(ばんづけ)等(とう)、売(う)り歩(ある)く者(もの)有之候て、其(その)
沙法(作法?さはふ)には、踊子(をどりこ)の母(はゝ)衣類(いるゐ)十三|着(つ)け、其後(そののち)二十四|着(つ)け、又日本
第一の美女(びじよ)に十二|一重(ひとゑ)を着(き)せしめ、之(これ)を小野(おの)の小町(こまち)とな
し候|由(よし)、又(また)婦女(ふじよ)を剃髪(ていはつ)いたさせ髪(かみ)の伸(のぶ)るまでは、町内(ちやうない)之(これ)を
扶助(ふじよ)いたし候て、業平(なりひら)、黒主(くろぬし)、抔(など)六歌仙(ろッかせん)の扮装(つくり)を致させ候|由(よし)、