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相州小田原大地震
むかしより天変(へん)地(ち)のわざはひも是有中にはことし嘉永六年
癸丑二月二日ひる四つ時頃にわかに山鳴(なり)震(しん)動(どう)して天地もくづるゝ
ばかりの有様なれば人々たましゐを天外(ぐわい)にとばしこは何事やらん
とおどろきさわぐ間もなくたりまち大地四五尺計(ばか)りもゆり
上ケたるかと思ふとひとしく家蔵をゆり上げし中にも二かい
づくりの家はみぢんとくだけてかわらをとはしたま〳〵残る
平屋つくりの家ハあるひハはしらをひしぎむな木をくだき
かべを崩(くづ)し是が為に打たれて死する人馬けがするもの
いく千といふ数をしらずさしてもげんぢうなる御城の御やぐら
二三ケ所もくづれ町家にて名高ういらうの八ツむね作りも
五ケ所までくづれおちことに大地さけて水道の水をふき出し
是が為に又なんじうする人々誠に目もあてられぬ有様なり
又大山より焼出して其近辺の村々はいふに及ばす小安厚(あつ)木
辺まで砂石をとばしこれにうたれてけがする人馬あまた有
又二子山くづれて大石飛出し箱根への往来をとゞめ
此へんにても人馬のけがおびただしく大磯辺などにてハ昼(ちう)夜(や)
野宿をいたす事三日が間なり誠に古今めづらしき事
にしてやうやく三日めにて人々少々あんどの思ひをる