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【柱】江戸叢書巻の一 七六
【図】隅田川附近の図
【OCRのまま】
しくれ降枯生の薄それをたに
たてなからこそぬさにまつらめ
正錯按ずるに、是は菅神にてましますや、武蔵の
北野天神は物部の天神にましますを、菅神に混し
てやがてよそにうつし祭り奉るをは、菅神とす、
こゝの天神と申奉るも、ひたふるに昔神とし奉ら
んも、覚束なきやう也、
半田いなり詣の記
文化十四年丑の水無月十五日、半田稲荷にまふで
んと、朝飯したゝめて、浜町のやどりを出、大川
橋わたりて、小梅の水戸殿のやしきより、一條の
みちを用水にそうて、東に行ことしばしにて、途
のかたはらに膀胱のかたはらに榜示あり、右江戸大川橋へ三十町、左
り新宿松戸へ二里と記す、爰に遷あり、南にゆけ
は本下川織師、北へゆけは猿若山王へ如くよしもみゆ、こゝを尋て類ゆく四辻あり、東へ直に行は新宿は
南へ斜に用水の橋をわたりて、水の南のふちをゆけば市川へ出る、しかへの左りの方西北のかたは橋
場へ行直地といふ、こゝに酒菓子館なんどあきなふ家七八戸有。市川道の右のかた遂に入て、西光寺も
ふ台葉の寺あり、こゝに鳥声三郎渡置の墓ありと云、かへもに尋ねはやと、枉ての左に見やりて打過、
類行て世蔵。こゝに茶店二戸あり、又灌飯をうる二軒茶屋と呼名つく、しはし爰に依らふ、此處より
用水に趣をうかめて、二十八丁の間をつを引てゆく、是を世纏の引ふぬと云、あまねく人のしれる所
なれど、こゝに来りしは今日初て至れば、いとめづら場、茶店の前より船にのる、桑合四人、焼木戸
のかたに行旅人也、去ねる十三日より、涼しきをこへて、冷か成事はなはだし、きのふ蒸圖會に変り
しに、わた人のきぬ、ひとへもの部かさねぎするにも猶は悉き塔さりし極也、今日もえはせのき給ひ
とへかさねてき侍りしかど、東風びやくかにふきて、船のうちあつきことを量まず、この月七日土曜
に入らしより、すべてあつきことなし、つきて雨ふらず、悉はれて空なきも、かく冷やかく泣いかに
とあやしきまでなり、引舟はつる所にも茶屋二月あり、こゝをも二軒茶屋とよぶ、諸の二軒茶屋と、
こゝとに船七艘づゝ、あはせ十四艘有、網引おのこも数のさだめありて、東町上下す、船の料一人廿
配銭を与ふ、前の二軒茶屋の前に立て東望すれば、遂かに本草見わたさるゝは、潮手引離の道のはる
〴〵と、そなたにみる、藤はいづこそ、こはむかひの二軒のうしろの林地といふ、眺望いはんかたな
【柱】本陵紀行第二編 七七
【公文書館のやつが登録できるようになったので続きはそっちで。この資料は放置の方向で】