賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第65冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第65冊 - ページ 117

ページ: 117

翻刻

附義銀子弐拾八匁二厘弐毛被相送慥ニ令落掌候仍而為後年譲一札 如件 文政十一戊子年十二月十一日 藤木駿河守直宸印 藤木巻之介大夫祈顕印 藤木叔千代大夫経寛殿 十五日辛巳晴入夜 若御所 勅問御人数被 召加之旨被為蒙 仰依之各着 麻上下恐悦申上非番之輩ハ明日出仕恐悦可申上旨也○今夕酉刻保子 安産男子出生両人共無事氣丈也珍重々々 廿日丙戌小雪降風烈誕生之児今日六日歯也婆々来無髪事如例 附名事幷祝義遣物等廿日ニ付延引 廿一日丁亥晴誕生之男子七夜也目出度擇幼名称/知(トモ)四郎尤四男也如例 婆〻江為祝義南鐐壱斤鳥目弐百文遣之其外下女肩女等之百文ツヽ遣也 廿三日己丑晴御家門當季御切符石二八ヶ分者也銀弐百六拾匁頂戴 了○當季払高五百八拾七匁九分五厘也 廿九日乙未晴之流八年貢米當年甚延引ニ付中旬已来追々 為催仕処難渋之趣申立兎角致延日不埒明依之亀四郎ヲ以 村役人江及相談源八親族之者弥助人四分等へ掛合候處右両人より更ニ 相頼来春迄収納延引之義願出源八并親族両人連印之一札差出尤 納米高壱石八斗八升八合五夕之内五斗正月廿九日相納残米壱石三斗 八升八合五勺者三月廿九日皆納可仕旨也勿論本人如何躰之義有之候共 右両處之日限両人より相弁聊無遅滞可相納旨之約定也依之 無據右之趣聞届遣了但今夜及亥刻右一切相済也〇當年重服 中ニ付不注連餝事

現代語訳

附け銀子二十八匁二厘二毛を相送りいただき、確かに受領いたしました。よって後年のため譲渡証文一札を差し上げます。 文政十一戊子年十二月十一日 藤木駿河守直宸(印) 藤木巻之介大夫祈顕(印) 藤木叔千代大夫経寛殿 十五日辛巳晴 夜に入り、若御所より勅問の御人数に召し加えられる旨の仰せを蒙った。これにより各々麻上下を着て恐悦を申し上げた。非番の者は明日出仕して恐悦を申し上げる旨である。○今夕酉刻、保子が安産で男子が出生した。両人とも無事で気丈である。珍重なことである。 二十日丙戌 小雪が降り風が激しい。誕生した児は今日六日目である。産婆が来て無髪の儀を例の如く行った。 命名の事並びに祝いの贈り物等は二十日につき延引した。 二十一日丁亥晴 誕生した男子の七夜である。めでたく幼名を選んで知四郎と称することにした。もっとも四男である。例の如く産婆へ祝儀として南鐐一匁、鳥目二百文を遣わした。その外、下女・肩女等へは百文ずつ遣わした。 二十三日己丑晴 御家門当季の御切符は石二八ヶ分で、銀二百六十匁を頂戴した。○当季の支払い高は五百八十七匁九分五厘である。 二十九日乙未晴 流八年貢米が当年甚だしく延引につき、中旬以来追々催促したところ、難渋の趣を申し立て、とかく延日を致し不埒である。これにより亀四郎を以て村役人へ相談に及び、源八親族の者弥助・人四分等へ掛け合ったところ、右両人より改めて来春まで収納延引の義を願い出て、源八並びに親族両人連印の一札を差し出した。もっとも納米高一石八斗八升八合五勺の内、五斗を正月二十九日に相納め、残米一石三斗八升八合五勺は三月二十九日に皆納すべき旨である。勿論本人如何な体の義があっても、右両度の日限を両人より相弁じ、聊かも遅滞無く相納めすべき旨の約定である。これにより拠り無く右の趣を聞き届けて遣わした。但し今夜亥刻に及び右一切が相済んだ。○当年重服中につき注連飾りをしないこと。