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【右頁】
雷■年暦并場所■
天智九年京都法隆寺雷火 仁和二年京都東寺塔雷火
当年迄千百六十五年 同 九百四十九年に成
延喜三年三月十六日京都大雷 延長八年大雷清涼殿へ落る所々
同 九百十六年に成 同 九百五年に成
久安五年高野山え落る大塔雷火 永禄六年京都東寺らい火
同 六百八十六年に成 同 二百七十二年に成
寛文五年大雷大坂表雷火 寛延三年京都大坂大雷所々落る
同 百七十年に成 同 八十三年に成
寛政十年京都大仏殿雷火 嘉永三年江戸大雷百弐ヶ所
同五十三年に成 落る
いにしへより大雷右之如く常といへどもいまだ今年のごとき大がみなりをきかす
夫天地不時の勢動は陰陽混じたゝかふの理也此故に陽気陰につゝまれて地にある
時は動いて地震をなす陰気のこり陽気にさそはれて天に昇りてこへをはつす
これを雷といふ皆是これ等は豊年のきざし也時に嘉永三年戌八月八日の夜
江戸表をはじめ関ハ州其外国々共にはたゝがみ【霹靂神】すさましく稲妻ははためき
わたりまなこをつらぬく如く女小児はおそれさはぐといへどもじつは出来秋のみ入よしとぞおも
はれける抑雷神は陽徳のものなれば陰しつをはらい邪気を
さんず此故にしつ気をうけす悪病おこらず或は五穀を始め
野さいもの又はなりくだ物すべて田畑野山に生する物熟してみのりよしとかやされば此秋
天幸ひを万民に下し玉ふ所なれば幸ひの下りし場所と小細に
しんして遠境の人らに豊年のことぶきをしらせはへくなり
鳴神御下り場所
【左頁上段】
柴打丁一海手 一下谷二ヶ所
一神明丁海町町 一ゆしま
一つきち 一つまごひ坂上
一西久保かはらけ町一本郷元丁
一もりもと 一浅草もり丁
一天徳寺 一本所立川 三ヶ所
一芝松本町 一同 石原
一赤羽根 一同 釜屋掘
一白金台丁 一浅草誓願寺
一伊皿子揃木谷 一深川北川丁
一麻布百性丁 一八丁ぼり
一同 広尾 一元浜丁
一赤坂牛なき坂上 一青山十八ヶ所
一いづみばし向 一番丁八ヶ所
○所々の立木
さける
うち
にも
もけて
青山
八五升
の
松■
二抱
年
の
大木
なり
しが
根本まで
真ッ二ッに
さけて
たわらの
ごとくになる
【左頁中段】
在方之分
一浮田 雷火にて少々やける
一船ほり
一千住
海の■
一品川沖也 三ヶ所
一船橋沖也 弐ヶ所
○
此内
一生■五ヶ所有之候
御上屋敷
一紀州様 表長屋
杉の木 千駄ヶ谷
一雷火にて焼る 紀州様御屋鋪
御家老
一尾州様 成瀬隼人正様
同
一同 竹腰兵部少輔様
一門番所鬼瓦 東ノ方通用ノ■
并■■さける 水戸様表御門
一表門敷石 松平陸奥守様
そんじ 御上屋鋪
本村丁
一榧の木 松平陸奥守様
さける 御中屋敷
三田寺丁
一杉の木 松平肥後守様
さける 御下屋敷
一芝新銭座 同
御中屋鋪
一同所 森越中守様
一向柳原 井伊兵部少輔様
■市古川
一池の中へ落る 松平八十郎様
池水湯になる
表 二番丁
一中間部屋へ落る 戸田平左衛門様
青山権田原続六道御すきや同心
一垣根際へ落る 荒川豊吉様
四谷安東寺門前■新屋敷小■■
一地内芋畑へ落る 松浦源太郎様
伊賀坂
一小石川 武士屋鋪
千駄ヶ谷
一立木へ落る 鎮守 八幡宮
一中渋谷 百性 安五郎
上野御別当
一御林の間へ落る 寒松院
松の木さける
【左頁下段】
芝新網町代地
一土蔵え落る 家持 藤兵衛
飯倉五丁目
一二階へ落る 家持 貫治
柱弐本さける
同 ■ばやしき
一玉蔵へ落る 家主 長右衛門
■打くだく
一土蔵鬼瓦打砕 神田 丁壱丁目
蔵前へ落る ■■屋新兵衛
一居宅へ落る 深川八名川丁藤兵衛店
柱弐本さける 新兵衛
麻布日ヶ窪
一浄土宗 徳乗院墓所
一二階庇へ落る 飯田丁中仮■■店
柱弐本さける 源蔵
三番空き地
一松の木二本さける 護持院ヶ原
一庇合え落る をはり丁二丁目七兵衛店
各柱一本さける 周介
一庇へ落る 宇田川丁東うら通り
音での御死 医者 佐藤氏
一かし米蔵へ落る 表■■八丁又左衛門
当火にてやける ■■■■■■■七
一土蔵へ落る 品川丁うらがし
鬼瓦けらは共砕 持家 平作
一 へ落ちる