翻刻
天保五年
午の二月七日昼八ッ時頃ゟ西北の
風はげしく神田佐久間庁丁二丁目
喜太郎店次郎右衛門宅
より柳原土手下夫ゟ四方へひろ
かり日本はしへん八丁ほり両国
辺ゟ新大橋やけ落れいかん
しまへん佃しま其外大船やけ
明六ッ時頃潮へんにてしつまる
又同九日夕七ッ時過頃ゟ西南の
風はけしく檜物丁へんゟ西がし
へんまでやける
又同六日朝四ッ時過頃ゟ西北の
風はけしく呉服はしへんゟ
京橋辺のこらず芝口
へん潮手まてやけるま
におそるへし慎へし火
の元之大切なる事是を
見てしるへし委しくは
ゑつにて御らん可被下候其外
大はし小はしのやけし事
数しれす
類焼場大凡四里ほと
此絵図三度のやけ場所白
すじにて分る
右え付御すくい小屋
両国広こうじ
神田さくま丁元四日市
常盤はし外松屋橋
此外追々追加