翻刻
【右丁】
これをあはれがりて。人々かへりにけり
(六十七) むかし。男。せうえうし((なくさみあそぶ也)に。思ふどちかいつらねて。いづみの国へ。きさらぎ((二月也)
ばかりにいきけり。かうちの国いこま山を見れば。くもりみ((みは休字也)。はれみ。たち
ゐるくもやまず。朝(あさ)よりくもりて。ひるはれたはれたり。雪いとしろう。木の
すゑにふりたり。それを見て。かのゆく人の中にたゞひとりよみける
きのふけふ雲の立まひ かくろ((かくす也)ふは花のはやしを うしと((ねたむ心也)なりけり
(六十八) むかし。男。いづみの国へいきけり。住よしのこほり。住吉の里。住吉
のはまを行に。いとおもしろければ。をりゐ(のり物より)つゝゆく。ある人住よしの
はまとよめといふ
かりなきてきくの花さく秋はあれど 春のうみべ((きくの秋よりまさると也)にすみよしのはま
とよめりければ。みな人々((此うたをかんして也)よまずなりにけり
(六九)むかし。男有けり。其おとこいせの国にかりのつかひにいき
けるに。かのいせの。さいくうなりける人のおや(染殿の后斎宮のけいほ也)。つねのつかひよりは。
【左丁】
此人(なりひら也)よくいたはれといひやれりければ。おやのことなりければ。いとねんころに
いたはりけり。あしたには。かりに出し立てやり。夕ざりは帰りてそこに こさせ((ゐさせ也)
けり。かくてねんごろに いたつ((いたはり也)きけり。二日と((下向してなり)いふ夜。男われて((わりなく也)あはんと
いふ。女もはた((さいくうもなひきたる也)。いとあはじともおもへらず。されど人めしげゝれば。えあ
はず。つかひざね((つかひのきりやう也)とある人なれば。とくもやどさず。女のねやもちか
く有ければ。女。人をしづめて。ねひとつばかりに。男のもとに来りけり。
男はた。ねれざりければ。とのかた((外のかた也)を見出してふせるに。月のおぼ
ろなるに。ちいさきわらはをさきに立て。人た((斎宮)てり。男いとうれしくて。
わがゐる所 にゐて((つれて也)入て。ねひと((子の初刻也)つより。うしみ(丑の三刻也)つまで有に。まだ何事((一夜の契りに師尚を給【「給」でよいか?】ふ)
もかたらはぬにかへ(けなへりあはぬとかける筆勢の妙也)りにけり。男いとかなしくて。ねず成にけり。つ(あくる日也)
とめて いぶかし(心もとなき也)けれど。我人をやる(はゝかりて也)べきにしあらねば。いと心もとなく
てまちをれば。あけはなれてしばしあるに。女のもとよりことばなくて
《割書:古今》君やこし我や行けんおもほえずゆめかうつゝかねてかさめてか