翻刻
【右丁】
《割書:万葉》 めには見て手にはとられぬ月のうちのかつらのごとき君にぞ有ける
(七十四) むかし。おとこ。女をいたううらみて
いはねふみかさなる山にあらねどもあはぬ日おほく恋わたるかな
(七十五) むかし。男。いせの国に ゐていきて((女をつれて行て也)。あはんといひければ女
大よどのhはまにおふてふ見るからに心はなぎぬかたらはねども
といひて。ましてつれなかりければおとこ
袖ぬれてあまのかりほすわだづ海のみるをあふにてやまんとやする
をんなかへし
いはまよりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひも有なん
またおとこ
なみだにぞぬれつゝしほつ世((斎宮をいへり)の人のつらき心は袖のしづくか
よにあふことかたき女になん
(七十六) むかし。二条のきさきの。まだ斎宮のみやすん所と申ける時。うぢ((大原のか)
【左丁】
神にまうで(すか也藤原の氏神也)給ひけるに。このゑづかさにさふらひける おきな(なりひら也)。人々のろく(行啓に)
給(は禄を給る也)はるついてに。御 ̄ン車より給はりて。よ ̄ン みで奉りける
大はらやをしほの山もけふこそは神代((神代に)のことも(よそへてなりひらのかよひし)思(心をふくめり)ひいづらめ
とて心にもかなしとや思ひけん。いかゝ思ひけんしらずかし
(七十七) むかしたむら((文徳也)のみかどゝ申みかどおはしましけり。其時の女御。た
かき((右大臣良)子(相の女)と申みまそかりけり。それうせ(天安二年十一月十四日)給ひて。あんし((山科にあり)やうじにてみわざ
しけり。人々さゝげ物奉りけり。奉りあつめたる物。ちさゝげばかり有。
そこばくのさゝげ物を、木のえだにつけて。だうのまへに立たれば。山も
さらに。だうのまへにうごき出たるやうになん見えける。それを右大将に
いまそかりける。ふぢはらのつね行と申いまそかりて。かうのをはるほどに。
哥よむ人々をめしあつめてけふのみわざをだいにて。春の心ばへ有哥
奉らせ給ふ。右の馬のかみなりけるおきな。めはたがひながらよみける(山のうこき出たるやうにみへたるかなりひらのめはたがひなからと也)
山のみなうつりてけふにあふことは春のわかれをとふとなるべし