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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百二十四號 洪水地震被害録(上) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百二十四號 洪水地震被害録(上) - ページ 11

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【右ページ上段】     ●多摩川洪水氾濫の跡 をなじ水騒(みづさわ)ぎにても向島の浸水(しんすゐ)とあれば一杯機嫌の客に伴はれ たる蹴出(けだ)しの赤(あか)い連中(れんちう)抔も多くある代りには人の評判(ひやうばん)も割合に 大きく随て排水の工事、救助の方法等も夫々手早く行亘(ゆきわた)れるに 引替(ひきか)へて家屋の流失、死傷の沙汰(さた)さへある多摩川の洪水(こうずゐ)は見に 行く人もなければ聞咎(きゝとか)めんとするものもなく万事(はんじ)それに準じて 同じ東京府の下(もと)にありながら救助(きうじよ)の手当等は如何あらんかと思 はるゝ方(かた)もあるべければ今その氾濫(はんらん)したる当時の模様(もやう)を掲げん に既に減水したる跡(あと)の事とて詳細(しやうさい)には判然せざるも 出水の増減 全川を通(つう)じて出水の最も多(おほ)かりしは十一、十二の 両日(りやうじつ)にて常には小石の間にさゞ 波打(なみう)たせて流るゝその深さは一 二尺に過ぎざる清(きよ)き小川(をかは)なれども一雨毎に水嵩(みづかさ)を増し此程の大 雨にて一夜に見亘す許(ばか)りの洪水となり山間の事とて断崖(だんがい)崩れ絶 壁落ちたる所もあり樹木(じゆもく)の転輾して押流(おしなが)さるゝもあり忽ちにし て氾濫(はんらん)し忽ちにして減水するが渓流(けいりう)の常なれば上給にての測量 に十四日の夕刻には七尺余りを減じて平水(へいすゐ)に復(ふく)するも近きにあ らんと思(おも)ひしに十七日には漸次(ぜんじ)増水して又々氾濫するに至りし が十九日に至り十四日の減水(げんすゐ)に復し爾来(じらい)ます〳〵減じて今は平 水より二尺 内外(ないがい)の増流に過きず唯両岸の樹木 濁流(だくりう)に浸されて白 く汚(けが)れし藻屑の堪へる跡(あと)を残(のこ)すあるのみ 熊川の堤防決潰 北多摩郡の西部(せいぶ)に属(ぞく)する拝島村の拝島停車場 を降(くだ)りて半里余り西方に進(すゝ)めば西多摩郡熊川村の堤防(ていばう)に出づ茲 に洪水(こうずゐ)氾濫のため多摩川の堤防二十間余り潰破(くわいは)して立籠四十間 【右ページ下段】 許りを流失したる所あり素(もと)より山間の事とて堤防も左まで大 ならざれども同村(どうそん)の地先は田畑の作物を暴(あ)らされたり夫より東 に向て拝島村に至り字中の下と称(しやう)する二番堤防四十間余り破潰 し立籠(たてかご)の類二十四五間余りも流失(りうしつ)したる跡あり洪水の氾濫する 甚だ急なるを以て危険(きけん)なれども減ずるも亦甚だ急(きう)なるを以て濁 流 永(なが)く一所に留まらず流失物の多き割合(わりあひ)に被害の小なる所以な り 筑地の堤防破壊 北多摩郡にて拝島村の東方(とうはう)に在る筑地村の渡 船場の前後(ぜんご)百閒許り堤防破壊して村民の防禦(ばうぎよ)に従事せる竹木等 今尚存し茲に必死(ひつし)の防禦工事を施(ほどこ)したるも其甲斐なく十間余り 崩潰して家屋(かをく)一戸流失し一戸は半ば削(けづ)り取(と)られ他の二戸は破損 したり然れども高知(かうち)多きために損害(そんがい)の大なるを見ず 調布村の水害 北多摩郡の中部(ちうぶ)なる停車場より南方一里余の所 に調布(てうふ)村とて人口少からぬ小都会(せうとくわい)の地あり同村多摩川に接する 所を上給(あげきふ)といふ其上給の松林河岸に蓮(つらな)り堤防の形を為せる所に 大破(たいは)を生じ前岸中の島と相対(あひたい)して川を挟(はさ)めるため河流甚しく 盤廻 旋転(せんてん)して籠積(かごつみ)廿五六間を押流し蛇籠の頭部百二十五六間流 失し同村の地先(ちさき)の被害少なからず其 余勢(よせい)は同村の町家を距(さ)る遠か らぬ所まで押寄せ来りたるも直ちに減水(げんすゐ)し夫より同村下布田 上布田等諸処の堤防(ていばう)破壊したるもの一二に留まらず中(なか)には田畑 一面に泥砂(でいさ)を押上げたる所もあり五十町歩余りの作物(さくもつ)を暴らさ れたる跡(あと)、一 見惨然(けんざんぜん)たり之より東に隣れる狛江村(こまえむら)字南河原にも 破壊せる所あり其他 砧(きぬた)村の字大蔵、鎌田等の地先(ちさき)も水害を受け 【左ページ】 小梅曳舟通りの溢水横川に合して流るゝの図【図上部に横書き】 業平橋畔土俵を積て水を防ぐの図【図上部に横書き】