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《割書:風俗画報臨時増刊|第百二十四号》〇《割書:洪水|地震》被害録上 《割書:明治二十九年|十月十日発行》
●降雨之量 坪川辰雄
夫(そ)れ洪水(こうずい)は雨に因て起る者なり而して雨の主なる本源は海水(かいすい)に
在り海水は間断(かんだん)なく蒸発し其 水蒸気(すいじやうき)は陸に至り凝結降下して河
川に流通し遂(つひ)に復(ま)た其本源に帰る所謂 循環的作用(じゆんくわんてきさよう)なり其尤とも
恐るべき強雨を降すは種々(しゆ〴〵)なる関係に因ると雖ども大略夏季最
低気圧の襲来(しうらい)に伴はるゝものゝ如し且つ本邦の地形(ちけい)たるや延長
にして中央大山脈あるを以て雨水(うすい)は直ちに海中に注(そゝ)かんとす故
に河流(かりう)の長きもの甚稀(はなはだまれ)なりと雖とも淀川、木曽川、天竜川、大
井川、富士川、利根川、信濃川、庄川、北上川、筑後川、吉野川、阿武
隈川、石狩川 等(とう)の如きは年々 強雨(きようゝ)に」際して水害(すいがい)を被むること夥(おびたゝ)
しく之か為めに人畜を死傷(しゝよう)し田畑作毛を流亡し堤塘を決壊する
こと甚し本年も亦去る七八両月間に本州中部大半(ほんしゆうちうぶたいはん)を荒し非常
なる損害(そんがい)を来さしめ遂(つひ)に余輩の紀念(きねん)とすべき一 大惨況(だいさんきやう)を見るに
至れり当時中央気象台発刊の天気図(てんきづ)に拠り其模様(そのもよう)を観察し其の
状況を示し参考(さんかう)に供(きよう)することゝ為せり
七月十六日頃の天気図(てんきづ)を観るに全国(ぜんこく)の晴雨計は上昇し概ね七百
六十二 粍(ミリメートル)内外を示し尚ほ十八日に至るも依然(いぜん)高気圧は持続
して逆変(ぎやくへん)は全く十九日午前六時に起(おこ)りて九州の南西沖(なんさいおき)に低気圧
を現出し漸次北東(ぜんじほくとう)に向て進行するの虞(をそれ)あるを以て早くも中央気
象台に於ては午前七時五十分を以て九州(きうしう)及四 国(こく)、山陰(さんいん)、山陽(さんよう)、
東山(とうさん)、北陸附近(ほくりくふきん)に向け暴風(ぼうふう)の警報(けいはう)を発せられたり次て午后に至
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り東海奥羽地方をも警戒(けいかい)せられしが爾来全国の天候(てんこう)は益々険悪
の兆を顕(あら)はし風力は強烈(きやうれつ)となり雨勢は豪猛(ごうもう)となり其量(そのりよう)夥し加ふ
るに前月来 霖雨(りんう)引続(ひきつゝ)きたることゝて土層は概ね湿潤し為めに出(しつ)
水迅速減水緩慢(すいじんそくげんすいくはんまん)の結果終に洪水となりて陸地に襲来(しうらい)したるもの
なり今中央気象台に就き雨量(うりやう)を調査(てうさ)せしに平年の降雨より数倍
の多量(たりやう)にして実に左表の如し
七月十八日ヨリ二十一日ニ至ル四日間降雨量ノ総計
測候所名 雨 量 測候所名 雨 量 測候所名 雨 量
尺 尺 尺
岐 阜 一三、九五六 伏 木 三、六〇九 浜 松 二、〇三三
徳 島 八、〇六七 山 形 三、五四三 呉 一、八六四
高 知 八、〇一六 味 野 三、四一一 函 館 一、七二三
秋 田 六、四七四 新 潟 三、一七一 宇都宮 一、七一六
彦 根 五、八六八 和歌山 三、一二二 上 川 一、六九〇
名古屋 五、五三八 沼 津 二、九〇一 十 勝 一、三七九
津 五、三四三 境 二、七三七 那 覇 一、三二七
長 野 四、八八七 大分 二、七三七 広 島 一、二八四
京 都 四、六二三 宮 崎 二、六四三 釧 路 一、〇八六
大 坂 四、一四六 岡 山 二、六一七 横須賀 〇、八一二
多度津 四、〇〇二 宮 古 二、二五七 襟 裳 〇、八〇〇
福 島 三、七九五 銚 子 二、二〇一 東 京 〇、七一六
金 沢 三、七三五 山 口 二、一四五 札 幌 〇、六〇四
青 森 三、七一七 石 巻 二、〇六二
雨量は一般 粍(ミリメートル)(仏国尺度)を以て計るものなり と雖とも本邦人(ほんほうじん)
多(おほ)くは解し難きを以て余は茲に我曲尺(わがかねしやく)を以て示せり即ち雨量幾(うりよういく)
尺(しやく)とあるは降重(ふりかさ)なりたる雨水にして例へは其土地硝子板(そのとちがらすいた)の如き
ものより成立(なりた)つとせば水を吸入せざるにより到ろところ右に示