翻刻
無下につたなき歌なから時にとりての祝詞(のりと)なれは
改めかへす震雷は天災なれとも必死にあらすされとも
心くるひて詩歌(しか)の趣向(しゆかう)調(とゝの)ひかねたるにつけ思ひ
出せし天喜(てんき)のむかし安倍|貞任(さたとう)源|義家(よしいへ)に追(をい)つ
められ弯(ひき)しぼりたる箭(や)さきより「衣のたては
ほころひにけりとよみかけければ「年を経し糸の
みたれのくるしさにとつゞけけるとかや実(げ)に一発(いつはつ)の
矢先に万死をのかれかたき場合(ばあひ)にてかゝる名句(めいく)を付(つけ)
又永禄の比(ころ)|安宅(あたけ)冬康(ふゆやす)は連歌(れんか)興行(かうぎやう)の席(せき)へ味方の
先手やふれて一ッ多く打死せしと急(きう)をつげるに折
しも己か句番にて「薄(すゝき)に交(まじ)る芦(あし)のむら〳〵と云句へ
古沼(ふるぬま)の浅きかたより野となりてと付て後一座の
ものを京地へ落し心しつかに防戦(ぼうせん)の用意
せしはいつれおとらぬ英傑(えいけつ)なり其外にも今はの
きはに辞世(じせい)をよみしもの数多(あまた)あれども和歌は
かねてよりよみまうけしことも有へし連歌(れんが)は
前句によるものなれば当意即妙(とういそくみやう)心くるはぬ大丈
夫の程思ひやられたり