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コレクション: STAGE6

太平秘録抜書 浅間山燒及普賢山崩 - 翻刻

太平秘録抜書 浅間山燒及普賢山崩 - ページ 31

ページ: 31

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 右蔵等多く損候由御城下ゟ西南八九里之間千々輪村南  □□村震動強道橋等損候所多御座候由    但温泉山焼候由風聞御座候得とも普賢山に而御座候    山続には御座候得とも温泉山はひきく御座候由 一普賢山頂□□と申所ゟ当子正月十八日焼初穴底と申  谷筋壱里半程焼下り只今に而は勢薄く相成震動も格  別軽く相成候得とも未鎮り不申候由右穴底谷幅三十余  深さ弐百間程之大谷にて谷内楠類多く立込居候由右谷  筋ゟ折々焼石吹上麓ゟ見候へは五六尺四方位之石やはり火辺  にて壱丈位も上り候様相見へ候由右焼石吹上候節大筒打候  様成音致候迄にて震動薄く石を吹出不申候節は震動  殊之外強く御座候由先月十五六日頃迄は焼石飛候由 一前山西之方杉松多く立込候所此度之震動に而山を引割  樹木共に□□□【三百間】程なだれ下候よし 一物頭組子十人召連騎馬に而御城相廻候由 一三月二日御領中百姓千人程村々庄屋召連御城内へ相詰  □□三日頃村々へ引取申候 一二日三日両日御領中ゟ大小八百艘程大手先へ寄船御座候由