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【OCRのまま】
〇一総而狼藉ヶ間敷儀毛頭不可致事
右違犯之輩有之輩犯之輩犯之輩有之輩
厳科もの也
天正三年乙亥
五月廿日
御朱印
右は梅門の西側にたつ
廻廊は本堂に続く向て右の方土庫辺左りに学寮鐘鼓の
橋あり本堂のひろさ十二間斗三尊を安置す壺皆かや
もてふく階に腰かけてしはら休らふ矢たてとり出し堂に板戸
に書つく
またも二舞後の枝折と古てらの杉の板戸に残す多乗
あしも聞つかれしかと先としろの凶見はやとよく庫意に案内す
れは黒き衣きたる侭出きたり心かろけにわらくつはさかなた
にこそとて先に立行堂の西廊の宿開きて入も向ひの
少し高き所に大成石の五輪の塔あり
一八王山端空居士寛永十七年昼秋と有ハ小素相模守其
侯のは上也一は本慶院良熊大輔寛永十八年卯月と
あるは同し侯の婦人也とそ侯はその小笠原土用犬丸の祖