翻刻
【OCRのまま】
雲洞一宗【曹洞一宗?】の捻本寺【総本寺?】たらんことを計りしか非後【非儀?】に落て寺法に
処す故にこの寺の世次には不列と云西山公後に一間の為に
水戸にて一寺を造り即一間寺と号し給ふといふ
安国山と扁す何人の書にや印文読へからすされは誰といふ
ことをしらす是も西山公の寄附し給ふと云入て四五十歩にして
楼門あり茅ふきにてこれも黒くぬりたり左右に高札有
其文左の如し《割書:大門も桜門もむかしは白木|造り也ぬりたるは近頃歟》
禁制
一軍勢甲乙人等乱妨狼藉之事
一放火之事
一対地下人百姓非分之儀申懸事
右之条々令停止畢若於違犯輩忽可被処
厳科者也
天正十八年五月日 御朱印
右は楼門の東側に建たり
【欄外に朱で】
天正十八年庚寅
三月秀吉小田原
城を拔考にこの
禁制の札は寺
関宿に在し時
秀吉より給ひし
なるへし【ここまで】
掟
一至于寺内門前竹木仮初にも不可伐事
一寺中之堀之内不可陣取事
【欄外に朱で】
天正三乙亥年は
北条氏政坂東
を領せし時也
此掟は氏政より
出せし成へし【ここまで】