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コレクション: とりあえず気になる

一休はなし(元禄十三) - 翻刻

一休はなし(元禄十三) - ページ 85

ページ: 85

翻刻

めし給へば。かのものおどろき。扨は一 休(きう)様も仰られが たく候かと申ければ自身自仏とこたへ給ふ時よ こ手をはたと打てかへり。終(つい)に自得(じとく)しけると也 【一休魚を釣給ふ事 付 達磨の由来 】 『三』一休和尚 片田(かたゝ)の庵(おほ)におはせし時・うみばたへ立出給ひ。 毎日(まいにち)つりをたれては。魚(うを)をとりてまいりけるに。御 弟子(てし) 兄弟(けうだい)の僧達(そうたち)これは不 律(りつ)なる仕合(しあはせ)なりとて。一休を一間 所へよび入て。口々にゐけんしければ一休のいわく。各(おの〳〵) たちは学(がく)もんをするとて。何事をし給ふや。我等(われら)はいに しへの祖師(そし)の真似(まね)をするを禅宗(ぜんしう)の学問(がくもん)と心 得(え)た り。しかれば例(れい)なき事は仕らず。いて〳〵古(いにしへ)の例(れい)をしら ずは見せんとて。もとより絵(ゑ)は上手なり。蜆子(けんす)のゑ

現代語訳

召し上がれば、かの者は驚き、「それでは一休様もお嘘をつかれることがあるのですか」と申し上げたところ、「自身自仏」とお答えになった時、よこ手をぱたと打って帰り、ついに自得したということである。 【一休が魚を釣られた事 付 達磨の由来】 『三』一休和尚が片田の庵にいらした時、海辺へ立ち出でて、毎日釣りをたれては魚を取って参られていた。御弟子兄弟の僧達は「これは不律な仕合である」として、一休を一間所へ呼び入れて、口々に意見したところ、一休が言うには、「各々方は学問をするといって、何事をなさっているか。我等は古の祖師の真似をするのを禅宗の学問と心得ている。しかれば例のないことは致さない。いでいで古の例を知らずば見せよう」として、もとより絵は上手であり、蜆子の絵

英語訳

When he ate it, that person was surprised and said, "Then even Master Ikkyu sometimes tells lies?" When Ikkyu answered "Self is Buddha," the man clapped his hands sideways and returned home, finally achieving enlightenment. 【The Story of Ikkyu Fishing, with the Origin of Daruma】 『Three』When the priest Ikkyu was at his hermitage in Katata, he would go out to the seashore and fish every day, catching fish. His disciple brothers and fellow monks said "This is unlawful behavior" and called Ikkyu into a room where they all voiced their criticisms. Ikkyu said, "You all claim to be studying - what exactly are you doing? We consider imitating the ancient patriarchs to be Zen learning. Therefore, we do not do things without precedent. Come now, if you do not know the ancient precedents, I shall show you." Being naturally skilled at painting, he drew a picture of Kenshu