翻刻
使者の勤めせんと止宿ありし四月朔日夜右の大変
にて主従二十四人高波に押流されけるこそ哀也
一 四月中旬筑前國松平筑前守様御使者として占部
忠左衛門来る主殿守忠怒公は守山村大庄屋松浦源左
衛門か所に仮に住せらるゝ斯領内の変災に気を屈
し疲れ給ふにや昼夜溜息をつきうつら〳〵として
只酒を飲て昼夜暮されけるか五月半ゟ病に臥し
給ふされ共さのみ大切にも見へさりしか六月朔日はか
らす病床よりおき推参ものと脇差取て柄に手を
かけ其儘倒れ給ふ近習驚き抱へ起しけれ共其儘息
絶たり島原一家中飢渇に及ひける故隣国の諸
侯より米を被送其外進物等有之候事
一 肥後 熊本 細川侯より米三千俵
一 肥前 佐賀 鍋島侯ゟ 米弐千俵
一 筑前 福岡 黒田侯ゟ 米千俵 御使者 明石善左衛門
一 薩摩鹿児島 島津侯ゟ 米千俵 御使者 小笠原太左衛門
一 肥前平戸 松浦ゟ 同千俵 御使者 秋山茂右衛門
一 同国大村ゟ 同千俵 御使者 野沢新右衛門
一 日向飯肥 ゟ 同千俵 御使者 川崎左馬之介
一 肥前唐津 ゟ 同千俵 御使者 戸田長右衛門
右の外御進物の品不相知
龍神か池汲干ゟ竜女栖をさまよひ外療荒川玄順