翻刻
是当社の原始(げんし)也。せいしぼさつは。姫宮の守本尊なれは御本地仏
とし。信心の頭をかたふけしより。豊浦 湊(みなと)を縦布(たてぬの)里と号し。近来中
略して館(たて)の里となつく又 横(よこ)沢と言(いへ)る坪?あり往昔仙人の廟(びやう)あり。
其後権之太夫夫婦を一社にいわひて。摂(せつ)社とし。時の人太夫の宮と
称す。又船の宮御舟杉などいへる右 跡(せき)を残(のこ)し又男女川こがい
川。糸くり川緒川等。四ツの川(せん)名を顕(あらは)し蚕養(こがい)の始たる事当国に
依(よつ)てなるのみ。自尓(しかれるか)?以来(このかた)神徳ます〳〵桜花(やうくわ)の春にくんじ祭祀(さいき)正月
廿三日を以(もつ)て縁(えん)日とし。別当一院を置。蚕影山 桑林寺(さうりんじ)吉祥
院と号し。長日 蚕養(こがい)安全の護摩修(ごましゆ)行 怠慢(たいまん)なく東関(とうくわん)
の諸 州(しう)機(き)上 窓下(そうか)に緒(いとく)る人 瑞籬(みつがき)に連綿(れんめん)として綿桑五穀(めんそうここく)
成就(しやうじゆ)の神徳 誰歟(たれか)神 感(かん)を蒙(かうむ)らざらん哉(や)と尓(しか)云(いふ)
常陸国筑波山麓神郡郷
豊浦古号館之里
別当
桑林寺