翻刻
孔(く)山に流されし苦(くるし)みの絶かたさに今休みになやむ也斯する事四度
あるへし。其後うつほ船に乗たるまて■業にすべしとて夢 覚(さめ)ぬ扨此
故に蚕飼(こがい)の姫の休をしげめどめといふて俗にしゝの休といふ二度めを
たかの留(とめ)といへようぐん山に捨られし形なれはたかの休といふ三のとまりをば
船とまりといふ也かいがん山に捨られし学なれば船の休みとなつく後の
とまりをば庭の休みといへ内裏(たいり)にうつめられし御なやみ也是一大事の休
也此四のとまりの後眉を作る事うつほ船にのりしを学つる也姫此眉
となりしに如何(いかゝ)すべき事をしらざりしに筑波山の神 影道仙人(ほうとうせんにん)#1と現
じ爰(こゝ)に来り。眉をねり綿(わた)となり糸をと■■を教(おしへ)給ふ。是日本こ
がいの始(はしめ)也。権之太夫 富貴(ふうき)になる事 限(かぎり)なし爰に又 欽(きん)明天皇
の皇女 各耶姫(かくやひめ)筑波山へ飛(ひ)行し給ひて神となり此神 初(はしめ)て神衣(かんみそ)
を織(おり)給ふ。亦 詫(たく)して曰吾は天竺 霖夷(りんゐ)大王の娘也我朝にに来り欽
明帝の御子と成たる也。此国に於てこがいの神となるとて。又富士山に
飛行し給ふ時。竹取(たかとり)の翁(おきな)たち拝み申けりと太夫益(ます〳〵)此業をいとなみて豊浦 着船(ちやくせん)の岸に新に宮殿(みあらか)を建(たち)て姫君の御 魂(たま)を祀(まつ)り。左右
に富士山。筑波山の神を祭て。蚕影(こかけ)山大権現と称号(しやうごう)し奉る。