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あんしん要石(かなめいし)
《囲い書き:《割書:とし|より》》〽なむかなめ石大明神此たびの大へんのがれまして
ありがたふぞんじ升る私はもうとしよりことでござり升から
ながくいる心もごさりませんがしかしゆりつぶれひがうなこと
でもござりましては人のそしりをうけるがくやしふござり升
どふぞもう二三百ねんいきているうちぢしんのないやうに
お守り下さりませきめうてうらい〳〵かなめ石様〳〵〳〵
大工〽わたくしのおとくひからわれきてくれやれこいとやかましい
のできちかいのやうになりましたどちら様もおとくいで
ござり升からいづれもよろしくいたし上たい心でござり
升れ共どうもからだかつゞきませんなにとぞ十人まへも
はたらくからだに成様に御まもり給へかなめ石大めうじん〳〵
《囲い書き:《割書:しん|ぞう》》わたくしのおねがいは去年もしばいがるいせういたしながく
やすみ又ことしも大へんでいつできるかしれませんからまことに
かなしうてなりませんどうぞこれからぢしんや火事のない
やうにお守りなされて下さりませきつとてごさい升よ〳〵
《囲い書き:《割書:せと|ものや》》なむかなめ石さま日ごろからしん〴〵のおかげこのたびは少々の
さらはちなぞをこはしたばかりでべつぜうなくこれまつたくあなた
様のおかげと悦びおり升るなにとぞ此のちはぢしんのないやうもしあり
升ることもござればまへかたにちよとおしらせ下さるやうねがひ上升なむ
かなめ石さま此ねがひ御きゝとゞけ給へ〳〵かなめ石大明じん〳〵
《囲い書き:げい人》わたくしどもはゆうげいのかげうゆへせけんがおだやかになければどふも
くらしができませんまづ此たびのやうになりましてはさみせんにばちがあたる
ともわたしどもにこんなことのあるおぼへはござりませんからどふぞ是からは
せかいのさはがぬやうぢしんなぞのないやうに御まもりたまへ〳〵
《囲い書き:《割書:よし原|の人》》わたくしかたはぢしんと申ことをたとへにかげうのやうに申すそふでござゐ升が
此たびはまことのきうへんにてゆりつぶれやけだされしごくなんぎいたし升る
そのうへせうばいをはじめる所もすくなくいづれもなんぎ
いたし升からどふぞはやくおさまり此のち
かやうの地しんのないやう守らせ給へ〳〵
《囲い書き:いさみ》かなめいし大めうじん〳〵〳〵
私はたいげへなことをこはがる
ことじやございません
かみなり火事おやぢと
こはひもの第一とたとへ
ござり升がこりやさほど
にも思ひませんが
いかなることだか
此ぢしんが《割書:ドロ|〳〵》と
いふといきなり
きも玉がつぶれ
十日もおまゝが
くはれやせん其上
一人のおふくろが又
ひどくこはがりやす
からどふぞ是からぢしん
のないやう守り給へ〳〵〳〵
《囲い書き:医師》此たびのさはぎにて手あしを
けがいたしれうぢにまいる人が山のごとくで
わたくしほねをおりれうぢいたし升るが
日かつがかゝりましては手がまはりかね升から
早くなおり手ばなれいたすやう守らせ給へ
なむかしまかなめいしきめうてうらい〳〵
《囲い書き:《割書:りくつ|もの》
〽こんど
かやうな
さはぎがあるを見れば神も
仏もないやうでそのうへ此
御神はぢしんをおさへて
守る御神と申しやすが
いかゝでござり升といへばふしぎや
石にこへ有て是をきくに
〽いかにも尤のことなり
此どふりをあきらかに
いはんことたやすきにあらず
じんろとうらいとあきらめよ
さていづれもねがひのおもむき
かんじんかなめ也こんど一分でも
うごひたら石がへしをしてやるとの
御ことにていづれもあんどせしは
太平のもとひにてめでたし〳〵
現代語訳
あんしん要石(かなめいし)
年寄り:南無要石大明神、この度の大変から逃れることができ、ありがたく存じます。私はもう年寄りですから、長く生きる気持ちもありませんが、しかし揺り潰れ火災などということでもあっては、人の誹りを受けるのが悔しいです。どうぞもう二三百年生きている間、地震のないよう、お守りください。きめうてうらい、要石様。
大工:私の顧客から呼ばれて、これやれあいとやかましいので、まるで繁忙期のようになりました。どちら様もお得意様でいらっしゃいますから、いずれもよろしくいたしたい心でございますが、どうも体が続きません。何とぞ十人前も働く体になるよう、ご守護ください。要石大明神。
芝居役者:私のお願いは、去年も芝居が類焼いたし長く休み、また今年も大変でいつできるかわかりませんから、まことに悲しくてなりません。どうぞこれから地震や火事のないよう、お守りなさってください。きっと手厚くお祭りいたします。
瀬戸物屋:南無要石様、日頃から心からのおかげで、この度は少々の皿や鉢などを壊しただけで、別状なく、これまったくあなた様のおかげと喜んでおります。何とぞこの先は地震のないよう、もしあることもございましたら、前もってちょっとお知らせくださるよう願い上げます。南無要石様、この願いをお聞き届けください。要石大明神。
芸人:私どもは遊芸の陰で生きているゆえ、世間が穏やかでなければどうも暮らしができません。まずこの度のようになりましては、三味線に罰が当たるとも、私どもにこんなことのある覚えはございませんから、どうぞこれからは世界の騒がぬよう、地震などのないよう、ご守護ください。
吉原の人:私どもの方は地震ということを例えに、商売のように申すそうでございますが、この度はまことの急変にて揺り潰れ焼け出され、至極難儀いたします。その上商売を始める所も少なく、いずれも難儀いたしますから、どうぞ早く治まり、この先このような地震のないよう守らせてください。
勇み肌:要石大明神。私は大変なことを怖がることではございません。雷、火事、親父と恐ろしいもの第一と例えがございますが、これらはさほどにも思いませんが、いかなることか、この地震がドロドロと言うと、いきなり肝玉が潰れ、十日もご飯が食べられません。その上一人の母がまたひどく怖がりますから、どうぞこれから地震のないよう守ってください。
医師:この度の騒ぎにて手足を怪我いたし、治療に参る人が山のごとくで、私は骨を折り治療いたしますが、日数がかかりましては手が回りかねますから、早く治り手離れいたすよう守らせてください。南無鹿島要石、きめうてうらい。
理屈者:今度このような騒ぎがあるを見れば、神も仏もないようで、その上この御神は地震を抑えて守る御神と申しますが、いかがでございますと言えば、不思議や石に声有りてこれを聞くに「いかにももっともなことなり。この道理を明らかに言うことたやすきにあらず。人力到来と諦めよ。さていずれも願いの趣、肝心要なり。今度一分でも動いたら石返しをしてやる」とのお言葉にて、いずれも安堵せしは太平の基にて目出たし。
英語訳
Anshin Kaname-ishi (The Reassuring Keystone)
Elderly person: Namu Kaname-ishi Daimyōjin (Hail to the Great Deity Keystone), I am grateful to have escaped from this great disaster. Since I am already elderly, I don't have much desire to live long, but if I were to be crushed by shaking or burned in a fire, I would be mortified by people's reproach. Please protect us from earthquakes for the two or three hundred years I have left to live. Keystone-sama.
Carpenter: My customers have been calling me with all sorts of urgent requests, making it feel like the busiest season. Since all of you are valued customers, I want to serve everyone well, but my body just can't keep up. Please grant me the strength to work like ten men. Kaname-ishi Daimyōjin.
Theater actor: My wish is this - last year too, the theater suffered from fires and was closed for a long time, and this year again with this disaster, we don't know when we can perform. I am truly saddened. Please protect us from earthquakes and fires from now on. I promise to worship you devotively.
Pottery merchant: Namu Kaname-ishi-sama, thanks to your daily blessings, this time I only broke a few plates and bowls, with no other damage. I am truly grateful, knowing this is entirely thanks to you. Please ensure there are no earthquakes in the future, and if there should be any, please give us advance warning. Namu Kaname-ishi-sama, please hear this prayer. Kaname-ishi Daimyōjin.
Entertainer: We performers live in the shadow of entertainment, so if the world is not peaceful, we cannot make a living. When things become like this recent disaster, even if they say the shamisen is cursed, we have no memory of doing anything to deserve such misfortune. Please protect us so that the world remains calm and free from earthquakes.
Person from Yoshiwara: In our quarter, we use "earthquake" as a metaphor in our trade, but this time it was a real sudden disaster that crushed and burned us out, causing extreme hardship. Moreover, there are few places to restart business, and everyone is suffering. Please let things settle quickly and protect us from such earthquakes in the future.
Brave commoner: Kaname-ishi Daimyōjin. I'm not one to fear great troubles. They say "thunder, fire, and fathers" are the three most frightening things, and I don't think much of those, but somehow, when this earthquake goes "rumble-rumble," my courage suddenly crumbles and I can't eat for ten days. Moreover, my mother is also terribly frightened, so please protect us from earthquakes from now on.
Doctor: Due to this recent disturbance, people with injured hands and feet come for treatment in great numbers. I work hard to treat them, but when it takes many days, I cannot manage everything. Please grant that they heal quickly and can be discharged. Namu Kashima Kaname-ishi.
Rationalist: Seeing such disturbances occur, it seems there are neither gods nor buddhas. Moreover, this deity is said to suppress earthquakes and protect us, but how is that so? Mysteriously, the stone has a voice and says: "Indeed, that is quite reasonable. To explain this principle clearly is not easy. Accept it as human endeavor and divine intervention. Now, everyone's wishes are of utmost importance. If I move even one inch this time, I'll give you stone's revenge." With these words, everyone's peace of mind is the foundation of great peace - how auspicious!