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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - ページ 19

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【右側上段】 千石町     三〇       西町       五三         山王町     七〇       衣服町      四三 覚中町    一二〇       西堤町      五六 二番町     四一       東堤町      五七 一番町     七五       西四十物町    五〇 越前町     二六       袋町       五〇 大工町     一七       中町       六一 西総曲輪   二三五       星井町      四九 東総曲輪   四二四       西中野町     三五 西三番町    三六       南田町     四九四 東三番町    六三       中野町      五二 古鍛治町   一七〇       中野新町    一六五 太田口町    九九       梅澤町     二九〇 南新町    一一四       新川原町    一三八 荒町      七七       下川原町     三五 常盤町     三九       北横町      二七 蛯町      七四       小島町     一一四 殿町      四七       豊川町     一〇九 立町      四九       向川原町     一八 仁右衛門町   四四       室屋町      三〇 桜木町     九七       砂町       三六 木町     一三四       鍛治町      四八 下木町     五八       五番町      九八 八人町    一一七       今木町     一〇九 今町      四二       合計    五、三三七 ●消失家屋坪数 十二萬六千坪なりといふ            ●侍従差遣 【右側下段】 賢(かしこ)き辺(あた)りにては、今回富山市に於ける大火(たいくわ)を聞召され、十五日 侍従片岡利和氏を差遣(さけん)せられたるが、二十日午前五時直江津 より汽船にて東岩瀬港に上陸ありたり。予(かね)て出迎の津田書記官 等と共に、直(たゞ)ちに富山市に入(い)り、車上焼跡を視つゝ、先づ仮県 庁たる師範学校に赴(おもむ)き、金尾知事等より火災状況の一斑を聴取 り、旅館(りよくわん)木屋(きや)に入り、午後二時より更に書記官、警部長等と共 に徒歩にて、親(した)しく災後の惨状(ざんじやう)を視察し夫より罹災避難者の最 も多き光厳寺、大法寺及び泉町小学校の三箇所に臨み、罹災貧 民一同に対(たい)して、最(い)と厳粛(げんしゅく)に今回当市大火災の趣 天聴に達し 大御心(おほみこころ)を労(らう)せらるゝ旨を告げ、且此優渥なる 天恩に酬ゐ奉ら んがため、各自|生業(せいげう)を励(はげ)む所あるべし、と懇諭(こんゆ)する所ありし に、一同感泣し中には堰きくる涙 忍(しの)び得ず、潜々(さめ〳〵)として両の袂 を湿(うるほ)したるもあり。斯くて津田書記官は、今回侍従差遣に就て 告諭(こくゆ)をなし、市川市長は災民一同に代(かは)りて、御礼を申し上げた り。侍従は尚他の場所(ばしょ)を親しく視察し又知事等に善後の事を言 遺し、個人の資格を以て災民恤救費の内(うち)へ十円を義捐せり。          ●罹災者の救護            ●御救恤金 天皇皇后両陛下には、今回富山市大火災の趣被聞召罹災者御救 恤として、金六千五百円御下賜相成りたり。            ●看護婦の派出 日本赤十字社富山支部の看護婦(かんごふ)隊は、大火に際し、市内各町に 派出(はしゆつ)したり。            ●焚出し米の給与 今回の大火に際(さい)し、本県師範学校女子部に於て焚出し米を為 し、消防組中に給与したり。又た十三日は、富山市役所事務所 たる総曲輪小学校内に就て焚出し米廿石を罹災者へ配当せり。 【左側上段】 この焚出米(たきだしまい)は一週間以内給与する規定(きてい)なれば、十八日にて已に 打切り、更(さら)に罹災の状況に応(おう)じて、重災、軽災の区別を立て、 食料 (現米)及び小屋掛料給与の筈(はづ)にて其救助を受けんとする者 千余戸に達(たつ)せりと。            ●避 難 所 東部にては清水町妙国寺、同願海寺、餌指町通坊、辰巳町専琳寺、 来光寺、柳町正龍寺、同小学校。西部にては桃井町称得寺、偏久 寺、浄久寺、西四十物町聞城寺、覚正寺、桃井町蓮照寺、鹿島町崇 福寺、総曲輪小学校、山王町小学校。南部にては梅澤町立像寺、 大法寺、願正寺、妙国寺、妙福寺、常楽寺、海岸寺、来迎寺、真興寺、 満乗寺、清源寺、大聞寺、浄光寺、五番町光厳寺。            ●義 捐 金 今回富山市の大火に際し、罹災者へ義捐金として、三井一家二 千円。林忠正氏、中田清兵衛氏各金一千円、前田利同伯、中村 作次郎氏各金三百円。金尾稜厳氏より金百円を、其外にも窮民 救助費として義捐金ありたり。         ●火災余聞            ●消防の不完備 今回の火災(くわさい)は、明治十八年同市を一掃せる大火より更に甚だし きものにて、焼失(せうしつ)の間、約十二時間に渉り、遂に市内屈指の四 十九ヶ町其戸数五千三百三十七戸を焼き、重立ちたる建物とし ては、県庁、郡役所、学校、銀行、共進会建物等悉皆烏有に帰せ り。富山日報は以(もつ)て消防組の失態と認めて、罹災後左の如く報 じたり。 ▲《ルビ:富山市の消防組|●●●●●●●》 火勢の漸く蔓延(まんえん)するや一旦現場に駈附けた    る富山市内の消防夫(しやうばうふ)は我が家大事と家具の取片附けに戻り更    らに勤勉を為さざりしは市民(しみん)の大に遺憾(ゐかん)とする所なりき、殊 【左側下段】  に指揮官たる警吏等は何(いづ)れも火事に経験なきにや指揮其宜し    きを失(しつ)し遂に斯(かゝ)る大火に至らしめしこそ遺憾なれ ▲《ルビ:消防の悪習|●●●●●》 富山市の消防組は往々(わう〳〵)にして前項の如き有様な  りしが中(なか)にも少しく働けるものは当日午後四時頃まては富山  県庁と警察署の消防に時を徒して他を顧みざりしが何時の大  火事にも此弊ありと ▲《ルビ:消防組の働き|●●●●●》 富山市消防組は失態を醸(かも)したるにも拘はらず  他市町村に於(お)ける各消防組は何れも必死(ひつし)となりて働き居たり  特(こと)に五百石の消防組の如きは三番町の消防に従事して大に奇  効を奏し又た五番町口を消(け)し止(と)めたり と元来 同市(どうし)は、前回の大火に懲りて、市内に貫通(くわんつう)する溝渠を設 け、消防上の水利(すゐり)あるにも拘はらず、遂に未曾有の惨状(さんじやう)を現出 したるは、畢竟市に備付の喞筒(ぽんぷ)は僅に数個にして、消防夫も数 十名に過ぎず。且つ是等も同市平常の給養(きうやう)完からず、気性も東 京消防夫の如(ごと)くならざる上に、之を指揮(しき)する警部巡査は、総数 四十名 許(ばか)りにして、到底烈風の為めに、左右前後に燃え拡がり たる火勢に敵する能はざりし事、大火の一 原因(げんゐん)なるが。更に他 の原因とも云ふべきは、同地方(どうちはう)の瓦は、寒中に際し亀裂を防ぐ 為め、塗料(とれう)を使用するが故に、自然燃質と化し、然かのみなら ず、棟木(むなぎ)の上に土を置かずして、直に瓦を敷く建築法(けんちくはう)なる故に、 一層火勢を誘導(いうだう)したるものゝ如し。   (挿画参看)            ●御真影の無事 本県庁を首(はじ)め、其他の諸官衙学校等へ、宮内省より下賜された る御真影は、何(いづ)れも他に持ち運び、幸ひにして無事なりしと 云ふ。            ●県庁の延焼 富山県庁は延焼線中野口を西に距る、数戸の民家と二寺院を隔