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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - ページ 29

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【左側上段】 無事なるを得ざりけるか。舟子は流石に海を我家とせるものな れは遂(つゐ)に九死を逃(の)がれたり。又夏井に寄せし漁舸(ぎよか)の中三艘は非 常に海水を浴び。其上一人の怪我人をさへ生ぜしが。自余のも のは孰(いづれ)も無事にて一命を拾(ひろ)ひたり。而して更(さら)に又其日の午後三 時|過(す)ぐる頃(ころ)なりけん一|隻(せき)の通船(つうせん) (志布志日高伊早吹持船)あり。 既(すで)に内之浦港を出帆(しゆつぱん)して。志布志の港近(みなとちか)く漕き寄せるあり。朝来 の椿事に胆落(きもお)ち目眩(めくら)めるあり、件の船の今や港(みなと)に入らんとする を認るや、沖合に漂へる舟を目掛つゝ皆声々に危難を避くべ き種々の注意(ちうい)を与(あた)へ抔(など)して。頻にアレヨ〳〵と打叫(うちさけ)ぶ。折しも あれ件の船は芦(あし)の葉のごとく。二三回くる〳〵|回転(くわいてん)しながら。覆(ふく) 没(ぼつ)し。都合六人の乗組(のりくみ)は一斉に海中(かいちう)に投(とう)し。力を限りに泳き着 かんとすれど。何分(なにぶん)浪は高し潮(しほ)は急なり。特に同船の船頭株日 高伊吉 (《割書:二十|四 》)を首め楫取鮫島新太郎 (《割書:二十|九 》)柁子何某 (《割書:二十|三 》)乗客三人に 至る迄。到底物(とうていもの)の役に立つべきものならねば。岸上(がんじやう)の人々足を 藻掻(もが)きて気遣(きつか)へども。さは言へ助(たす)けん手術(てだて)はなくて。誰罵り騒 ぐばかりなりしが。運好くも少年の船頭柁子及び二人の老客は 救ひ上げられ。楫取及び一人の船客は遂に魚腹の人となり果て ぬ。中にも溺死(できし)を遂げし客(かく)は姶良郡国分村小村百八十五番平民 醤油製造商(せうゆせいぞうせう)藤崎常助 (《割書:二十|九 》)と呼び。従来家業の醤油を当地方に売 込み年々相当の利潤を収むる身(み)とて今年も例の如く。新(あらた)に得意(とくい) 先(さき)の注文(ちうもん)を引受け。此(この)十日前志布志を仕舞(しまひ)ひつゝ。内之浦へ渡 り。已に彼処(かしこ)の用務(ようむ)を果たし恰も落命(らくめゐ)の当日。前記(ぜんき)の通船より 再び志布志(しぶし)へ押戻(おしもど)れるところなりけり。而して同人(どうにん)は極めて。 水泳(すいえい)の心得ありけるものと見(み)へ。凡そ半時間も。逆捲(さかま)く浪を斫 抜け〳〵幾回か岸辺に泳き寄りけるが。元来着衣のまゝにて。 財布やら大福帳やら。尚も手より放さで。常に片手もて泳ぎ居 たるため。遂に前記の始末に及べりとは。あはれ命ありての物種 【左側下段】 穢土の財宝の何時迄か其身に添はんや。無惨(むざん)と言ふも愚(おろか)なりけ り。     ●県下の災害 ▲姶良郡加治木の暴風 加治木は非常の大暴風(だいばうふう)にて。家は将棋 の駒を倒(たふ)せる如くに倒れ。其他|軒傾(のきかたむ)き屋根飛び。瓦平木の吹剥 がれしもの等|比々(ひゝ)として並び。電柱樹木屋壁などは。一も災害 を被むらざるものはなく、荒涼悲惨(こうりやうひざん)の状目も当てられぬ景況な り。今其筋(いまそのすぢ)の調査に拠れば加治木村(かぢきむら)の町と麓にて住宅全倒二百 十二戸半倒七十二戸、物置(ものおき)小屋馬小屋全倒五十五なりと。又 圧死者もありたり。当村役場は取敢(とりあ)へす松田吉左衛門方に救災 炊事所を設け。応急手段(おうきうしゆだん)を取りしか。今一日だけにて焚出米を 受けたる人員無應(じんゐんむりよ)【慮の誤りか】八百名に及べり。中学校の建増に係る授産学(じゆさんがく) 校(こう)第二分教場も倒(たふ)れたり。負傷者は六名にて、馬一頭は圧死 す。西本願寺の石塀も過半壊れたり。  (挿画参看) ▲同郡横川村の暴風 横川村にては二十四日午後十時過より東(とう) 風(ふう)徐々と吹き渡りて漸く強く。翌日午前一時|前後(ぜんご)には。風向一 転して東南風となり。最(い)と猛烈(もうれつ)を極め、雨も亦強く。樹折れ屋 倒れ。瓦飛び平木舞ひ。老幼|叫(さけ)び合(あ)ふて助(たすけ)を乞ふの声は風と相 和して。其の勢|凄(すさ)ましかりき。二時三十分ごろより。正南風と 変(へん)じ。一時は猛烈(もうれつ)なりしも。三時四十分|軟風(なんふう)となりて次第に和(やわ) らぎ。五時頃には全然沈静(ぜん〴〵ちんせい)に帰せり。家屋の破壊は全倒六十 二戸、半倒十六戸、厩及び作小屋等の潰倒するもの一百戸に及 へり。 ▲同郡国分村の風害 十四日午後十一時頃より暴風(ぼうふう)の模様を来(きた) せしが。十五日午前二時三時ころに至りては、非常(ひじやう)の強風(けうふう)に て。同四時頃に至(いた)り全く歇みたり。国分村内|家屋(かをく)倒数二百四十 二戸。半倒八十戸、厩(うまや)百三十戸、右倒家の内にて惨状を極めし