翻刻
【右側上段】
り。又蔦沢村にては牛(うし)の圧死(あつし)二頭ありし。
▲加古郡 倒家約二百四五戸、半潰(はんつぶれ)十五六戸、死者三名、負傷
者五六名ありて。阿弥陀駅(あみだえき)附近(ふきん)にも六十戸許の倒家と。同停車
場の上屋(うはや)の大破したるを見受けぬ。
▲養父郡 潰家六十五|戸(こ)、死者(ししゃ)八人あり。殊に同郡伊佐村は死
者九人、傷者(しやうしや)十人あり。同村の内字|上小田村(かみをだむら)は昨三十一年十二
月|火災(くわさい)ありて。六十余戸焼失し内十五戸だけ近頃(ちかごろ)新築(しんちく)したるば
かりにて。他は何(いづ)れも仮小屋住居なりしに。今回(こんくわい)の災害にて寝
る処さへなきに至(いた)り。惨状目も当てられぬ程(ほど)なりし。
▲加東郡 全潰四十余戸、半潰れ八十余戸にして。農作物(のうさくぶつ)の被
害は二割位なるよし。又同郡福山村避病院の病室(びやうしつ)倒潰(たうくわい)し。赤
痢患者玉井ウメ、同人男秀吉及び消毒(せうどく)執行人(しつかうにん)吉田熊次の三人何
れも梁(はり)の下に敷かれしを。警官(けいくわん)人夫(にんぷ)の尽力にて漸く救出したり
と、又同村屋度村服部卯之助の実父(じつふ)源次及び卯之助長女スミは
落(お)ちたる梁のために圧殺(あつさつ)され其他各村にも死傷者(ししやうしゃ)あり。
▲揖保郡 同郡龍野警察署新宮分署管内にては全潰(ぜんくわい)半潰(はんくわい)合(あは)せ
て百余戸あり。人畜の死傷は西栗栖村に於て圧死(あつし)四名、負傷五
名なり。又同郡岩見港は風の当て方激しく。漁民等(ぎょみんら)は何れも寺
院に難(なん)を避けたるが。網干町諌山|燐火(マッチ)工場盛燐社より火(ひ)を発(はつ)し
て一|棟(むね)烏有(ういう)に帰し。又同港に碇泊(ていはく)し居たる船舶中沈没破損せし
もの十二|艘(さう)に及びたり。
●岡山県下の暴風雨被害
八月二十八日夜の暴風雨は岡山市内の土塀を倒し。家|根瓦(ねかはら)を吹(ふき)
払(はら)ひ家屋(かおく)の震動劇かりし。此際養忠学校岡山紡績会社并に絹絲
紡績会社。大久保缶詰製造所。白井花莚製造所。中国鉄工所等
の一部或は全部崩倒したる為め。死傷者ありたり。されは郡部
の被害(ひがい)は更(さら)に一層甚しく中にも南東部なる邑久(おく)、上道、和気三郡
【右側下段】
の如きは丈余(ぢやうよ)の怒濤沿岸を襲(おそ)ひたるため其被害最も多く惨状目
も当(あて)られず。同県巡視中の片岡侍従は高崎知事、新妻(にひづま)警部長(けいぶちやう)等
と共に右三郡を親しく視察されたりと。翌二十九日迄に岡山県
庁に達したる被害報告は左の如し。
人 畜
市郡 死 傷 行衛 死 傷 家屋潰倒 家屋半潰
不明
人 人 人 頭 頭 戸 戸
岡山市 一 二三 ━ ━ ━ 一五九 五九
御野郡 四 二〇 ━ ━ 一一 三二五 八三
津高郡 二 四 ━ ━ ━ 一九 九
赤阪郡 八 五八 三 四 三五〇 七八 二五
磐梨郡 八 二二 五 ━ 二九三 四七 五二
和気郡 一九 七二 一二 二 七 九二一 九〇九
邑久郡 二七 八九 ━ 九 三 一、二八八 五一五
上道郡 二九 一四二 ━ 三〇 八一 一、三四六 七三〇
児島郡 八 九 ━ ━ ━ 九五 三一
粂南条郡 四 五 ━ ━ ━ 一四一 三八
粂北條郡 ━ ━ ━ ━ ━ 一一 ━
西北條郡 ━ 五 ━ ━ ━ 五 二
作州津山よりの報(ほう)にも今回(こんくわい)の暴風雨(ばうふうゝ)は実に近年稀有の事にて。
人畜(じんちく)の死傷(しゝやう)も少(すくな)からざるべく。目下(もくか)各郡とも夜を日に継ぎて調
査中なるが美作(みまさく)一国人家の崩壊(ほうくわい)は約(やく)一千五百余戸ならん。津山
高等鶴山小学校は昨年中の新築(しんちく)にて其(その)堅牢(けんらう)を誇り居たるが教室
二|棟(むね) (縦十二間、横五間)は脆(もろ)くも崩壊(ほうくわい)したり。以て当日の風
力の如何に猛烈なりしかを推知するに足るべしと。
右の外別に上道郡等の被害報告を得たり。前項と対照するに。
其の数に於て多少の相違あるも。稍〻細密に渉り居れは。左に
之を掲く。
▲上道郡 同郡内の被害は全潰家屋七百八十七戸、半潰三百六
十八戸、其他(そのた)の建造物倒潰四百五十五戸、半潰(はんつぶれ)百七十六戸、焼
【左側上段】
失家屋三棟、社寺倒潰八棟、死者廿七人、負傷者百十一人、牛(ぎう)
馬(ば)斃死(へいし)九|頭等(とう〳〵)にて全郡到る所(ところ)惨状(さんじやう)を極め就中三幡村は死者四
人負傷者三十三人を出したり。
▲邑久郡 美和村家屋全潰二十三戸、死者二人負傷者七人、国
府村全潰家屋卅四戸、同半潰(どうはんつぶれ)七|戸(こ)神社(じんじや)倒壊(たうくわい)四|棟(むね)、死者二人、負
傷者五人、今城(いまき)村全潰家三十二戸、同半潰四戸、死者一人負傷者
十一人、豊原村全潰家屋十六戸、負傷者十一人、福田村家屋倒
壊二十八戸、死亡者二人、邑久村全□【脱字:潰】家屋三十一戸、学校全潰
一棟、死亡者一人、負傷者二人、鹿忍(かに)村家屋全潰五十戸、死亡
者一人、負傷者(ふしやうしや)三人、牛窓町は海潮(かいてう)平時(へいじ)より高きこと九尺にし
て浸水(しんすゐ)家屋(かをく)二百戸、田畑十五町波止の破損(はそん)二十四箇所流失船舶
五十|艘(さう)、家屋全潰三十一戸、大泊村居宅全潰三十五戸、死者一
人負傷六人。
▲和気郡 にては全潰(ぜんくわい)家屋(かおく)千余戸 半潰家屋八百余戸、死者
十余名、負傷者五十余名、家畜(かちく)斃死(へいし)三四|頭(とう)、行衛不明(ゆくへふめい)となりし
者凡そ十名あり。また海岸に沿へる地方に被害多く即ち伊里村
の内(うち)穂浪(ほなみ)の如きは。潮水(てうすゐ)の浸入(しんにふ)一丈二尺に上り半潰百二十戸、
浸水(しんすゐ)八十余戸、同反別(どうたんべつ)五十|余町(よちやう)にして。此地方には薩摩芋及び
煙草(たばこ)、粟黍等の作付(さくつけ)あればその被害(ひがい)も少からざるへし。其他日
生村には浸水家屋四百戸、倒潰百余戸、半潰二百余戸、流失船二
百余艘ありし
▲赤坂郡 上|城村(しろむら)に於(おい)ては家屋(かおく)壊倒七十余戸、鳥取中村に於て
は死亡者(しぼうしゃ)三|名(めい)、負傷者(ふしやうしや)二|名(めい)、家屋(かおく)全潰(ぜんつぶれ)廿四棟、鳥取下村に於て
は家屋全潰卅余戸、飢餓(きが)に迫(せま)る者約百名東高月村に於て死者一
名、家屋全潰十九戸、周匣村負傷者廿一名、家屋全潰七十二|棟(むね)。
▲磐梨郡 の被害(ひがい)は小野田村死者二名、負傷者二名、家屋全
潰六十八棟、豊田村負傷者六名、家屋全潰三十五戸、太田村負傷
【左側下段】
者十一名。家屋倒潰八十八|棟(むね)、吉岡村(よしをかむら)死者(しゝや)二名、家屋倒潰四十
余戸、佐伯北、本、上の三ヶ|村(そん)死亡者(しぼうしや)一名、負傷者十一|名(めい)、家屋(かおく)
倒潰(たうくわい)百余戸、物理村(ぶつりむら)死者(ししゃ)一名、負傷者二名、山陽鉄道万富停車
場に於ては客車十三|輌(りやう)顛倒(てんたう)し負傷者十一名を出したり。
▲御野郡 鹿田村(しかたむら)家屋(かおく)倒潰(たうくわい)十六戸、福浜村死亡一名、負傷者一
名、家屋(かおく)倒潰(たうくわい)三十五戸、芳田村負傷者一名、家屋倒潰六戸、今
村家屋倒潰十二戸、死者二名、負傷者十数名、牧石村負傷者五名
家屋(かおく)倒潰(たうくわい)二十|棟(むね)、尚(な)ほ此外(このほか)久米南条東南条西西条西北条等の各
郡とも皆(みな)多少(たせう)の被害(ひがい)あり又(また)津山(つやま)地方(ちほう)にては津山川の俄に漲溢し
たる為め浸水(しんすゐ)したる家屋(かおく)多(おほ)し。
▲児島郡 大門村家屋倒潰四十戸、死亡者(しぼうしや)八|名(めい)、負傷者二名、
田(た)ノ口村(くちむら)伝染(でんせん)病院(びやういん)事務所(じむしょ)二棟倒潰したり。
▲岡山附近 は暴風進路の中心点として被害尤も甚だしく電柱
折れて鉄路(てつろ)を塞(ふさ)き。汽車(きしゃ)電信共(でんしんとも)に一時|不通(ふつう)となりし程なるが。
二十八日午後四時十三|輌(りやう)の客車(かくしゃ)と六輌の貨車と。連結(れんけつ)して神戸
を発(はつ)したる山陽(さんやう)鉄道(てつだう)の下(くだ)り列車(れつしゃ)は。風雨(ふうゝ)を冒して岡山県赤坂郡
万富|駅(えき)構内(こうない)まで進行(しんかう)したる所。忽ち何物か汽罐に触れたるより
運転手(うんてんしゅ)は急(きふ)に列車(れつしゃ)を停め取調(とりしら)へ居(ゐ)る際一陣の大風強く其側面を
襲(おそ)ひしかば。客車(かくしや)十三|輌(りやう)は物(もの)の見事に吹飛(ひきと)ばされて線路に倒
れ。其除乗客一|名(めい)右(みぎ)の脚部(きやくぶ)を四寸許負傷し。仍ほ其他にも負傷
者を出(いだ)したり。
●四国付近を経過せし暴風の状況
坪川辰雄
前に述(のべ)たるか如く。八月二十八日は同月八日の鹿児島地方|被害(ひがい)
に引続(ひきつゞ)き。大暴風襲来の結果。四国付近にも尠なからざりし損害
を来せり。今中央気象台に就て調査するに。同日同台に於ては