翻刻
【右側上段】
とゝて。上方崩れるに連(つ)れて。下方も一時に潰崩(くわいほう)したるものな
らん。之を要(えう)するに今回被害の原因(げんゐん)は。強雨に在る者の如し。
当日の雨量(うりやう)は第三トンネル中に溜りし降雨量十尺に上りたるを
見ても如何に其甚だしかりしやを知るべしと。
▲被害の状況 製煉場、事務所、工場とも大破損に及び。器械
は過半流失せり。採砿場は無事(ぶじ)にして。第一通洞南口は。一旦
雍塞(ようそく)されしも。漸く十間許り開通(かいつう)することゝなれり。勘場も亦
無事なれと。其(その)入口(いりくち)の橋墜ちて見る影もなし。又南口の運輸課
出張所も破損(はそん)に及ひ。予防工事の沈殿池(ちんでんち)其他共跡方もなく埋没
せしもあれは。破壊(はくわい)せしもあり。用度課出張所、学校、病院、倶
楽部二箇所とも無事なれと。新座敷(しんざしき)(待賓室)の如きは大破に及
鋳型、図工場、小麦畝の出張所其他上部鉄道、下部鉄道とも。
非常に破壊(はくわい)して。山根 (鉄道所在地)より鉱山(くわうざん)に至るの交通は。
頗る困難にして。白米三升を背負(せお)ふて辛うじて交通するを得る
位なり。弟一|通洞(つうどう)の南口坑口より十間余破壊又西川 (西條より
五里)の工業所は無事なれと。下流の村落は被害少からす。死
傷者五十余名に及(およ)べり。被害の最も甚しきは見花谷にして人家
は悉く流失(りうしつ)して死亡者は四百人の多(おほ)きに及べり。尚ほ当日雨強
く水流の如何(いか)に劇甚(げきじん)なりしかは。鉱山より三里の下流まて押流(おしなが)
されし死骸あるを見ても。推知(すゐち)し得べしと。斯の如き惨状なる
を以て。保安課(ほあんくわ)よりは。吉野川に死骸(しがい)の流れ出つる事もあらん
かとて徳島県に注意を請ひたりと。
▲銅山各部落の住者 は出入り常なく。一定の統計を見る事頗る
難し。当局者と誰も知る事能ざる由なるが。災害当時迄村役場
の取調(とりしらべ)に依れば。別子銅山全体の総戸数(そうこすう)は。凡八百戸。人口一
万二千三百人なり。一家平均十四五人づゝ|同居(どうきよ)し。中には五六
組の夫婦(ふうふ)雑居(ざつきよ)する者もありと。今回溺死又は圧死せし者。本籍
【右側下段】
五百八十四人寄留九十四人なるも。無籍者(むせきしや)又は地方人にして
死亡せし者も多かるべしと。而して其の概略の統計は。
字 名 全壊家屋 半壊家屋 流失家屋 死 亡 負 傷
見花谷 一 四 三八 三九二 七五
雨見谷 六 四 一二 四六 六
山方 六 二 六 七 一
目出度町 二 三 二 七 一
永久橋
東延 〇 〇 〇 一 〇
溶鉱炉 一 二 一四 二七 〇
小足谷 一一 一一 七 五八 二一
木方 〇 〇 〇 三 〇
南光院 一 〇 六 一〇 一
弟地 〇 〇 五 一〇 〇
筏津 〇 〇 一一 二〇 一
肉淵 一 〇 〇 〇 〇
小美野 一 〇 〇 〇 〇
竹ヶ市 三 〇 〇 〇 〇
瓜生乃 二 〇 〇 〇 〇
下七番 〇 一 〇 〇 二
中七番 〇 〇 〇 二 〇
奥七番 〇 一 〇 二 〇
保七番 〇 〇 一 〇 〇
計 二五 二九 一〇二 五八四 一〇八
●別子銅山の変災に就て
▲侍従差遣 今回別子銅山の変災叡聞に達し。被害実況視察(ひがいじつけうしさつ)と
して。片岡侍従を差遣はさるゝ旨仰出されたり。
▲大庭知事 大庭愛媛県知事は。災害(さいがい)の報(ほう)に接し。視察として。
同地へ出発(しゆつぱつ)したり。
▲新居浜 の住友支店員は。銅山変災の報に接するや。驚愕惜
くを知(し)らず。直に非常招集を行(おこな)ひ。応急の手段に着手せしも。