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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - ページ 8

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に。着手したるに。場の東南隅に当りて異臭(ゐしう)を放つより。近寄 りて窺(うかゞ)へるに。座主(ざしゆ)を首め五人の雇人身首処を異(こと)にし。全身 焼(やけ) 失(う)せて白骨を顕(あら)はしたるまゝ焼死し居たり。清次郎の死骸は水 風呂の中に横りぬ。察するに。猛火に包まれ苦熱に堪えずして 飛入たるものにや。死体は何れも頭蓋を留むるのみなれば。一時 其の誰れなるやを知るに苦しみたる由。尚ほ一座に生死不明の 者ありしが。十四日に至り灰燼を掻起したるに。果して大道具 方通称銀次郎事橋本兼吉 (三十五)焼死し居たり次て十五日午前 七時頃焼跡を堀返(ほりかへ)したるに。又もや一命の焼死者を発見せし が。こは囃方望月太平 (五十)なりし。全身の肉は更(さら)になく。僅(わづ) かに頭蓋(とうがい)と双手足と脊骨(せぼね)とを残すのみにて。見るも身の毛の竦(よ) 立許(だつばか)りなりし。同座は伊勢佐木町に在りて。惣煉化二階建横浜 一の劇場とて。其の名甚だ著(いちしる)しかりしが。一 朝不慮(てうふりよ)の火災に罹(かゝ) り。焼死人(せうしにん)をも出すに至りしは。真に痛惜(つうせき)の極みといふべし。        ●日本郵船株式会社の美学 日本郵船株式会社横浜支店にては今回火災に際し。若し関内に 延焼(えんせう)するに至らば。全市の大半灰燼に化するやも測られず。さ れば之を未然(みぜん)に防ぐに若かずとて。雇人数十人をして。同社備 付の喞筒を曳出し。吉田橋より柳橋に至る河岸通りに陣を構へ 飛び来る猛火(もうくわ)を防(ふせ)ぎつゝありしに。果して尾上町六丁目 指路教(しろきやう) 会(くわい)後方の屋上に熛火し。劇(はげ)しく火焔(くわえん)を吹出せしにぞ。斯(こ)は一大 事なりとて。必死(ひつし)の力を奮(ふる)ひて。消防に苦心せしかば。纔(わづか)に会 堂内の過半を焼失したるのみにて消止めたる由。又同店にては 火災の当夜碇泊船舶に貯(たくわ)へある梅干、茶碗、箸等 差当(さしあた)り必要(ひつよう)の 品々を罹災者に贈(をく)りたるは。奇特(きとく)のことゝいふべし。 十五日。広幡侍従の罹災者検分として来港せられし折。横浜支 店長林民雄氏に向ひ。其の功績(かうせき)を嘉し。且つ罹災者(りさいしや)に対し。日 用品其の他 応急(おうきう)の物品を寄贈(きそう)したるは挙措(きよそ)の宜しきを得たるも のなれば。帰京の上は。此の旨早速上奏に及ぶべしとて。其の 挙を称賛せられしといふ。           ●横浜電話交換局の損害 横浜電話交換局にて。大火の際 焼失(せうしつ)せる各町内の加入者(くわにうしや)の少 なからざるより。局員総出(きよくゐんそうで)にて被害の部分及び其附近(そのふきん)に於ける 加入者使用の電話機(でんわき)を取外(とりは)づしたる為め。類焼(るいせう)せる加入者四十 七 名(めい)電話柱(でんわちう)五十八本。之に架渉(かせふ)せる電話線(でんわせん)二百余条の多きに達 したるにも拘(かゝ)はらす。機械(きかい)の焼失せしものは。僅かに五六個に 止(とゞ)まり。又直ちに被害線路(ひがいせんろ)の復旧工事(ふくきうこうじ)に取懸(とりかゝ)り。翌十三日中に は、罹災加入者以外(りさいかにふしやいぐわい)の電話は滞(とゞこほ)りなく通話するを得るに至りた りと。      ●電灯会社の損失 横浜共同電灯株式会社(よこはまきょうどうでんとうかぶしきくわいしや)に於(お)ける。今回(こんくわい)の損害(そんがい)は左(さ)の如(ごと)し。 電柱及び電線の焼失 電柱 (三十五尺)四十八本 線路距離二十 ニ町四十七間一尺 電線延長二里五町五十一間二尺 電灯及び器具の焼失 貸付に係る灯数四百十九灯 此人員七十 七人 需用家所有に係る灯数三百七十一灯 此人員六十八人 計灯数七百九十灯 此人員百四十五人      ●各火災保険会社の損失 火災保険の損害高は。殆んと四十万円にして。其の細別を挙け れば左の如し。 東京火災保険会社 (百四十四口)七万二千八百九十五円 横浜火災保険会社 (四十口)五万円 明治火災保険会社 (二十四口)三万七千円 関東火災保険会社横浜代理店 (七十五口)三万七千円 東京物品火災保険会社 (六十五口)二万五千円