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コレクション: STAGE6

嘉永七寅年六月十四日上方筋大地震ニ付、定飛脚問屋島屋佐右エ門、京屋弥兵衛より申出候書付写 - 翻刻

嘉永七寅年六月十四日上方筋大地震ニ付、定飛脚問屋島屋佐右エ門、京屋弥兵衛より申出候書付写 - ページ 4

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 土山辺大荒ニ候へ共家は少〻打倒れ候由 一近江伊賀大和河内山城之内藤堂和泉守様伊賀  上野御城内大損之由并御家中町家共大半打倒往来  赤泥吹出し五百人斗行方不知是は土中へ震込候哉  相分り兼候由南都は潰れ家六分通六分通りは大半損  怪我人多く圧死百三四十人斗も御座候よし郡山辺も  同様之趣ニ御座候 一京都は東南之方家土蔵共大損致候へ共北西之方格別之  義無御座候伏見辺大坂は行燈之油ゆりこぼし申候程ニ而  潰家等無之筑後様河岸蔵并御門長屋等倒れ候よし  天王寺辺は別而強く泉州堺兵庫池田辺も同様之  由ニ御座候     但京大坂伏見南都は十四日夜子ノ刻頃と申事ニ御座候     尾州伊勢伊賀辺は同夜丑中刻と申候由右何レも     十七日朝迄震申候由  右之通上方筋飛脚取次所より申越候間御届申上候以上