翻刻
【右丁】
川(かわ)へはまり水(みづ)に溺(おぼ)れ死(し)したるには口(くち)を開(ひら)
かし横(よこ)に箸(はし)一 本(ほん)くはへさして口(くち)より水(みづ)を吐(はか)す
べし扨(さて)きものをぬがし臍(へそ)へ灸(きう)すべし竹(たけ)の
くだにて両方(りやうはう)の耳(みゝ)を吹(ふく)べし○又(また)水(みづ)を出(いだ)さ
すには気丈(きじやう)なる人(ひと)をあふのきに臥(ふさ)し其上(そのう[へ])へ
溺(おぼれ)し人(ひと)をうつぶせにのせて気丈(きじやう)の人(ひと)をして
そろ〳〵とうごかすれば水(みづ)出(いづ)る
○又 皀莢(きうけう)【左ルビ:かはらふじ】を粉(こ)にして綿(わた)に包(つゝみ)肛門(こうもん)の
中(なか)にいるゝ女は前陰(まへと)と肛門(こうもん)とに入るゝしばらく
して水(みづ)出(いで)て活(いき)る
右溺(おぼれ)し人 気(き)のつきて後(のち)冬(ふゆ)は少(すこ)し
あたゝめ酒(さけ)を呑(のま)し夏(なつ)はめしの湯(ゆ)を
のますべし
【罫線あり】
此術(このしゆつ)みな〳〵小児(せうに)のみにあらず大人(たいじん)も用(もち)ひて
同(おな)じ功(こう)に候へばつねによく御 覚(おぼ)へ置(おき)被成候て
右の症(しよう)右の難(なん)候はゞすみやかに用(もち)ひ給ふへし
【同 下段】
似(に)たる丹毒(はやくさ)の症(しやう)もある物なれば小児(せうに)
かやうのやまひあり候はゞ前(まへ)に出(だ)し置(をき)申候
丹毒(はやくさ)のりやうぢも用(もち)ひ給ふべし右 両(りやう)
方(はう)とも用(もち)ひ見給ふべし中暑(ちうしよ)も丹毒(はやくさ)
も両方(りやうはう)共(とも)至(いたつ)て早(はや)き病(やまひ)にて医薬(いやく)を
用(もち)ゆるの間(あいた)なきことなれば此(この)病症(びやうしやう)
と見るならば早速(さつそく)に手(て)の力(ちから)こぶの所(ところ)を
吸(すい)ひてみて丹毒(はやくさ)のりやう治(ぢ)し
すぐに小麦(こむき)わらをせんじて腹(はら)を
あたゝめ両術(りやうじゆつ)ともに用(もち)ひ給ふべし
○小児(せうに)夏中(なつぢう)小麦藁(こむぎわら)のせんじ
汁(しる)にて常(つね)に行水(ぎやうずい)をいたさせ
臍(へそ)をあたゝめつかはし候へば
中暑(ちうしよ)霍乱(くわくらん)入(い)り申さず候あいだ
夏中(なつぢう)日々(にち〳〵)右 麦(むき)わらにて行水(きやうすい)
致(いた)させ申へき事(こと)なり
【左丁】
○韋賢(いけん)が伝(でん)に云 子(こ)に黄金(わうごん)満籯(まんゑい)を遺(のこ)さんよりは一 経(きやう)を
教(おし)へんにはしかじと又 景行録(けいかうろく)にも曰(いはく)世(よ)に百歳(ひやくさい)の人(ひと)
なし枉(まげ)て千 年(ねん)のはかり事(こと)をなす児孫(じそん)はおのつ
から児孫(じそん)の福(さいわい)有(あり)児孫(じそん)を把(とり)て馬牛(ばぎう)となす事なかれ
と《割書:云| 々》誠(まこと)に人の一 生(しやう)はわづかにみじかき間(あいた)なるに
猥(みだり)に金銀(きんぎん)銭(ぜに)米(こめ)をあるがうへにも積(つみ)たくはへ千万年(せんまんねん)
もつゞいて豊(ゆたか)なるやうとて子孫(しそん)にゆづりあたふれ
ども貧福(ひんふく)はおの〳〵天性(てんせい)の定(さだ)まりありて親(おや)富(とめ)る
とて子(こ)もまた富(とめ)るものにはあらず其上(そのうへ)富(とみ)をすれば
仁(じん)ならずとも侍(はべ)るが如(ごと)く彼(かの)そくばくの財宝(ざいほう)を積(つみ)
現代語訳
【右丁】
川にはまり水に溺れ死したときには、口を開かせ、横に箸一本をくわえさせて口より水を吐かせるべきです。さて着物を脱がせ、臍に灸をすべきです。竹の筒にて両方の耳を吹くべきです。○また水を出させるには、気丈な人を仰向けに臥させ、その上へ溺れた人をうつ伏せに乗せて、気丈な人をしてそろそろと動かせば水が出ます。
○また皀莢(かわらふじ)を粉にして綿に包み、肛門の中に入れる。女は前陰と肛門とに入れる。しばらくして水が出て生き返ります。
右、溺れた人の気がついて後、冬は少し温め、酒を飲ませ、夏は飯の湯を飲ませるべきです。
【罫線あり】
この術はみな小児のみにあらず、大人も用いて同じ功に候えば、常によく御覚え置き成されて、右の症、右の難候わば、速やかに用い給うべし。
【同 下段】
似たる丹毒(はやくさ)の症もあるものなれば、小児がかようの病あり候わば、前に出し置き申候丹毒の療治も用い給うべし。右両方とも用い見給うべし。中暑も丹毒も両方共に至って早き病にて、医薬を用ゆるの間なきことなれば、この病症と見るならば、早速に手の力こぶの所を吸いてみて丹毒の療治し、すぐに小麦藁を煎じて腹を温め、両術ともに用い給うべし。
○小児夏中、小麦藁の煎じ汁にて常に行水をいたさせ、臍を温め遣わし候えば、中暑・霍乱入り申さず候間、夏中日々右麦藁にて行水致させ申すべきことなり。
【左丁】
○韋賢が伝に云く「子に黄金満籯を遺さんよりは一経を教えんにはしかじ」と。また景行録にも曰く「世に百歳の人なし。枉げて千年の謀り事をなす。児孫はおのずから児孫の福あり。児孫を把りて馬牛となすことなかれ」と。誠に人の一生はわずかに短き間なるに、猥りに金銀・銭・米をある上にも積み蓄え、千万年もつづいて豊かなるようとて子孫に譲り与うれども、貧福はおのおの天性の定まりありて、親富めるとて子もまた富むものにはあらず。その上、富をすれば仁ならずとも侍るが如く、彼の束縛の財宝を積み