翻刻
田幽閉護送の途中より詩を寄せた。
奇 安 井 息 軒
交酒論交交豈眞。艱難方始見精神。欲追蘇子廣剛説。出力卒生可畏人。」
交酒の論交交あに眞ならんや。艱難まさに始て精神を見る。蘇子を追て剛説を廣せんを欲し。力を出す卒生畏るべきの人。
(剛説は蘇東坡の文中にあり)
又途中より大沼枕山に寄せて詩あり。
玩世何嫌憂世人。酔吟󠄁曾共廿年春。滿腔慷慨竟何用。明智知君能保身。」
玩世何ぞ憂世の人を嫌はん。酔吟󠄁曾て共にす甘年春。滿腔の慷慨竟に何の用ぞ。明智君が能く身を保つを知る。玩世と憂世と、是れ二翁の別ある所似か。翁我が藩地に幽閉中及び其後に亘り、我地方の交際も亦頗る
廣かつた。碩學兒島閎窓其他時習館關係は云ふ迄もなし。風流文雅の各方面に及び、武道獎勵にも怠らず。文學者として羽田野敬雄、佐野蓬宇の兩老の如きは敬雄は皇學者で、蓬宇は俳宗で有たけれども共に勤王心の厚き点に於て翁と一致し深交あり。蓬宇は翁の紹介に依り私かに京都に上り、身分高き諸家に出入し勤王談試みた事もあるもあると云ふ。翁の蓬宇聯句帳に序したる一文あり。
蓬宇聯句帳序
余恒曰人誠不可無氣力。苟無氣力、則事業無小大、不能貫其終始匱其志意焉。蓬宇佐野子之爲人
何其氣力之盛也。蓬宇市井之臣也、日夜不息其職業、而居常悒悒有憂天下之志。餘事又好俳歌聯句、
自少年老不衰。其篇什之富、固不須論。而去年壬戌、自春至冬、與交友、人相唱和者、集爲一百套、
可謂偉矣。苟非氣力之盛則豈能如斯乎。是余所以深服其爲人也。」
余恒に曰く人誠に氣力無るべからず。苟くも氣力なくんば則ち事業小大となく、其終始を貫き其志意を遂ぐる能はず。蓬宇佐野子の人となり、何ぞそれ氣力の盛んなるや。蓬宇は市井の臣なり、其日夜職業を怠たらず、両して居識慷慨、天下を憂ふるの志あり。餘事又俳歌聯句を好み、少より老に至りて衰へず。其篇什の富める固より論ずるをまたす。両して去年壬成春より冬に至り、故交の人と相唱酬するものを集めて一百巻さなる。偉なりと云ふべし。苟くも氣力の盛なるに非ずんば、則ち豈能く斯の如けんや。是余が深く其人と爲りに服する所似なり。