chinjuhさんのお気に入り

コレクション: とりあえず気になる

一休はなし(寛文八) - 翻刻

一休はなし(寛文八) - ページ 93

ページ: 93

翻刻

【最初のほうを少しいじりましたがほぼOCRのままです】 へてかへりけり 【一休母公へ御すゝめの事 付 哥少々】 『九』一休和尚の御 袋(ふくろ)は浄土宗(じやうどしう)にて有しとかや。一休つ ねにかな法語(ほうご)書てつかはし。又は水 鏡(かゞみ)といふさうしをいた りて道をしへ給へ共。しか〳〵御さとりもなく。明暮たゞ 念仏のみにて過し給ふ。一休きこし召。一段の御心入也 念仏にても仏にならせ給はんことはうたがひなけれ共此 御所より愚 僧(そう)が庵へ御出あらんに何のうたがひなく御 出あるべし。是よく常々道をしり給ふゆへに。苦(く)もなく うか〳〵とありき給ひても。庵(いほり)へは御出ある也。又かたへ夷人 が我庵を尋来らんに。いか程道にまよひても我等が庵 ある上は何れたづねあふなり。その尋ぬるまでの心ぐるし き分が迷ひなりと仰られければ。しからば何にてもしめ し給へと仰られける。一休さあらば一句申てみんとて   目なしとぢ〳〵こゑについてましませ 皆人の恨とやらむいふことを悟る其ならひはじめ に父母もなくとつと已前の我身は何なると申すに いかにしてもしらぬことが申さるべきかと云といふものは 何ものぞといへともといふものをしらずとことがむるものもの意 しらず。しかれば天迦弥陀はよしなのとはずがたりやと いふものはとはずかたりかといひければ一點しており ける此心を見たまへと仰られければ御袋のいはく いへばいへばいはいはねはむねにきはがれて