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僅(わづか)に一間余の巾にして其左右には滄海の漫々たるを直下に
視おろし四方の眺望絶景なる事は幡頭崎の条を見て知るべし
又此山はいまめ樫(がし)のみ生しげりて更に他樹を交へずすべて当郡
の山はいまめ樫(がし)ことに多し○摂社《割書:神明祠住吉祠春日祠|三狐神祠龍神祠等あり》例祭《割書:八月十四日|神輿を》
《割書:行宮(あんきう)に遷(うつ)して祭る十五日本社に還御ありむかしは奉幣使藤原橘の両家 隔(かく)年に|下向ありて片名村の旅館につき《割書:今片名神明|社地是也》羽束の神人長浜に出迎ひ大麻を奉り行宮(あんくう)》
《割書:に至り奉幣ありて後相撲の式などありしとぞ今は悉く断絶せりたゞ片名村神明の|祠官幣使になぞらへて其遣意をなせり又祭日大野の宮山の僧と岩屋寺の僧来り》
《割書:て管絃をなせしが今はたゞ岩屋寺の僧笛を吹て神輿に供奉するのみ又伊勢の神|官も来りて散楽などありしが是も今は廃せりされど祭の行装猶古雅なる事は》
《割書:図を見て|知るべし》神宝 紺紙(こんし)金泥法華経《割書:一|部》阿弥陀経一巻《割書:応永十五年|一色修理大夫》
《割書:源朝臣入道道|範の奉納也》太刀一腰《割書:田原弾正忠|憲光の奉納》横笛一管《割書:源義経の所持|銘薄墨といふ》祠官《割書:間|瀬》
《割書:氏》社僧《割書:白翁山神護寺天台宗|野田密蔵院末なり》
真珠(しんじゆ)《割書:師崎辺の海中にて捕る鮑(あはび)蛤(はまぐり)貽貝(いかい)等のうちより出る頗上品なり松岡玄達が用薬須知に|真珠は伊勢尾張の産をよしとすと又山海名産図会等にも当郡の産を尾張真珠とて賞美せり》
棘鬣(たひ)魚《割書:師崎日間賀辺にて捕る所を絶品とす其味他に勝れり又塩におして諸方へ運送す是|塩鯛の最上にして若挟鯛又は摂津の西の宮等にて釣り得るものにも大にまされり》
羽豆崎城址《割書:同所にあり幡頭崎の条下に日和(ひより)山といひし是也中古熱田大宮司|築てこれに居れり其後脇屋刑部義助暫く此城に住す正平年中》
現代語訳
わずかに一間余りの幅で、その左右には青い海の広々としたさまを真下に見下ろし、四方の眺望が絶景であることは羽豆崎の項目を見て知ることができる。
またこの山はイマメガシのみが生い茂り、全く他の樹木を交えない。すべて当郡の山はイマメガシが特に多い。○摂社《神明祠・住吉祠・春日祠・三狐神祠・龍神祠等がある》例祭《八月十四日、神輿を行宮に移して祭る。十五日に本社に還御がある。昔は奉幣使として藤原・橘の両家が隔年に下向して片名村の旅館に宿泊し《今の片名神明社地がこれである》、羽束の神人が長浜に出迎え、大麻を奉り、行宮に至って奉幣の後、相撲の式などがあったという。今はすべて断絶している。ただ片名村神明の祠官が幣使になぞらえてその意図を果たしている。また祭日には大野の宮山の僧と岩屋寺の僧が来て管弦を奏したが、今はただ岩屋寺の僧が笛を吹いて神輿に供奉するのみ。また伊勢の神官も来て散楽などがあったが、これも今は廃されている。しかし祭の行列の装いはなお古雅であることは図を見て知ることができる》
神宝 紺紙金泥法華経《一部》阿弥陀経一巻《応永十五年、一色修理大夫源朝臣入道道範の奉納》太刀一腰《田原弾正忠憲光の奉納》横笛一管《源義経の所持、銘を薄墨という》祠官《間瀬氏》社僧《白翁山神護寺天台宗、野田密蔵院末寺である》
真珠《師崎辺りの海中で捕る鮑・蛤・貽貝等の中から出る。頗る上品である。松岡玄達の『用薬須知』に「真珠は伊勢尾張の産を良しとす」と。また『山海名産図会』等にも当郡の産を尾張真珠として賞美している》
鯛《師崎・日間賀辺りで捕るものを絶品とする。その味は他に勝る。また塩に漬けて諸方へ運送する。これは塩鯛の最上で、若狭鯛や摂津の西宮等で釣り得るものにも大いに勝る》
羽豆崎城址《同所にあり。羽豆崎の項目の下に日和山といったのがこれである。中世に熱田大宮司が築いてここに居住した。その後脇屋刑部義助が暫くこの城に住んだ。正平年中》