第3回:古文書解読コンテスト対象資料3

コレクション: あいおいコレクション

江戸大地震並出火場所明細記[27冊-07] - 翻刻

江戸大地震並出火場所明細記[27冊-07] - ページ 1

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【一枚目】   安政ニ乙卯年十月 江戸大地震出火場明細記 【蔵書印】         四海堂梓 【二枚目】 安政ニ卯年十月二日夜四ツ時なり 大地震の後出火所々に有之候江戸 四里四方の御屋敷町家土蔵等大 破損潰家出火等あらまし書記 一  新𠮷原ゟ田町芝居丁辺 二  東本願寺前きくやばし辺 三  下谷七けん丁かや丁へん 四  同坂本一丁目ゟ三丁目へん 五  上野丁黒川丁長者丁へん 六  芝柴井丁へん 七  さくら田兼房丁へん 八  幸橋御門内へん 九  和田倉御門へん 十  一ツ橋御門外へん 十一 京橋弁丁へん 十二 鉄砲洲十けん丁へん 十三 霊厳島大川ばた町辺 十四 源川相川丁ゟ永代守門前辺 十五 同 黒河丁へん 十六 本所石原丁へん 十七 源川御舟蔵前ゟ高橋辺 十八 同 徳右衛門丁へん 十九 本所録丁ゟ鐘木橋辺 廿  同 五の橋丁へん 廿二 同 中の郷表丁へん 廿三 同 小按瓦丁へん 廿四 小川町へん 廿五 小石川牛天神下すは丁辺 廿六 町々橋々 【三枚目】 一 新𠮷原江戸町一丁目二丁目京町 一丁目二丁目角町不残揚屋町 伏見町惣じて中の町より四方郭内 残る所なく焼失にて大門外御高札并に 同じかはの分残り右かは残らず焼る 日本堤にて往来の地さける郭中に おいて土蔵一ケ所も残りなくゆり潰し 其上に火事なとゆへけが人死亡の者かぞへ 尽しがたし夫より田町にて出火して同所 壱丁目二丁目袖すりいなり土手下あみ がさ茶や北の方少し残り候へ共大かた 潰れ家と相成申候同所西の方谷中にて 天王寺門前二ケ町山川丁馬頭観音 西方守と二ケ守は残る○同所南方 馬道通りより北新町へ焼込遍照院 其向に猿若町三丁目かはらさき 二丁目市村同壱丁目中むら右 三座前後がくや役者新道共焼る 但し三丁目森田勘弥宅より北の 方残る夫より萩の内はゆりつぶれ 火災等にて残る所少し同所東のかた 山の番九品守より向がは残る南へ花川戸 戸沢長家七分焼て止り同所馬道西 がはの分△吉祥院徳応院延命院儀心院 【四枚目】 無動院教善院北馬道迄同所 南馬道は廻り角まて焼る△同所 馬道東かはの分春竜院泉後院 泉蔵院修善院妙徳院医王院 まんたら堂金剛院覚善院法善 院妙音院顕松院右の分にいろは 長家多くあり皆やける同所一の権現 焼る同所慈性院にて止る△浅草寺 境内の分奥山の諸宮木あれも破 損いたし同寺内にて正智院長 寿院勝蔵院寿命院正福院智 光院同く按めんいん実相院松寿院 金蔵院観知院日音院此分からに いろは長家ありいつれも大破なり △観音本堂撞楼随身門雷神門 仁王門三社念仏堂此分無事なり 五重の塔くりん少し曲る△東ばし 川付の方にては北方山谷ぼりまで 焼残り候へ共潰家最多し右のうち まつち山無事なり△同所山谷橋ゟ 北の方今戸はしきは半丁ゆりやける 同所銭座前後は焼失潰家等甚 多し△同所えた町残る△同所遍 照寺のならび総泉寺より真崎 いなり迄大破の家多く川口迄