翻刻
大津波末代噺種
宝永(ほうえい)四 《割書:嘉永七甲寅迄|百四十八年に成》十月四日 大地震後(おほぢしんご) 津波( つなみ)となり
道頓堀(どうとんぼり)に入て群(むらが)る 舩(ふね)に 橋々(はし 〴〵)を 落(をと)し 既(すで)に 中橋(なかばし)に 舩(ふね)
逼(せま)り 早中程(はやなかほど)の板(いた)二三 枚(まい) 落(をち)けるに人々 渡(わた)り掛(かゝ)り踏外(ふみはづ )
して落(をち)るもあり又 身軽(みがる)く飛越(とびこへ)るもありかゝる所に年(とし )
の頃(ころ)三十四五と見(み)へし女三才 位(ぐらい)の 娘(むすめ)の子(こ)を 負(お)ひ七才
ばかりの男(をとこ)の 子(こ)の手(て)を引(ひき)此所に来(き)かゝりけるに飛(とば)
ねバ落(をち)□《ルビ:□|きわま》□ 飛(とバ)シ?□すれども子供(こども)二人なれは抱(だい)
て飛(とび)がたしいかゞせんと猶豫(ゆうよ)せしが迚(とて)も遁(のが)れぬ所なりと
背(せに)に負(おひ)し女子(によし)を川に投捨(なげすて)男子(おとこのこ)
壱人を横抱(よこだき)にして思ひ込(こん)で飛けるが
過(あやま)たず飛(とび)こへたり此時(このとき)狼狽(うろたへ)なば
三人共に溺(おぼ)るべきを女(をんな)の身(み)と
して頓智(とんち) 気転(きてん)のはたらきは
男子(をとこ)も及(をよば)ぬふるまひなりと
感(かん)ぜぬものはなかりけり