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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之8 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之8 - ページ 34

ページ: 34

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【右丁】    《割書:渋谷下号所濟乃貢等所被免除也云々|》 河崎(かはさき)庄司(しやうし)次郎(しらう)髙重(たかしけの)宅(たく)𦾔(きう)趾(し) 同 堀(ほり)の内(うち)にあり土俗(とそく)傳(つた)へ云 此(この)重國(しけくに)は  違論(ゐろん)の事ありて六郷(ろくかう)の河崎(かはさき)へ引移(ひきうつ)れり其頃(そのころ)此地(このち)にありし  山王(さんわう)の社(やしろ)をも彼地(かのち)へ引(ひき)たりとて其(その)旧地(きうち)に稲荷(いなり)の叢祠(さうし)を残(のこ)し  留(と)めたり 姉尾(あねを)平次(へいし)左衛門(さゑもん)光景(みつかけ)旧舘(きうくわんの)地(ち) 是(これ)も同所にあり今(いま)も光景(みつかけ)か馬(うま)を冷(ひや)し  たりといへる小池(こいけ)あり旱魃(かんはつ)にも涸(かる)る事なく霖雨(りんう)にも溢(あふ)るゝ事  なし常(つね)に岩間(いわま)をもり出(いて)て清冷(せいれい)たり傍(かたはら)らに駒繋榎(こまつなきえのき)と称(しよう)する  あり光景(みつかけ)か愛(あい)せし安達(あたち)栗毛(くりけ)といひし駿足(しゆんそく)を繋(つな)きて水(みつ)を飼(か)ひ  しとなり 甘露水(かんろすゐ) 同所にあり里俗(りそく)傳(つた)へ云 天慶(てんけう)年間(ねんかん)六孫王(ろくそんわう)経基(つねもと)朝臣(あそん)此地(このち)に  旅宿(りよしゆく)ありし頃(ころ)此水(このみつ)を捧(さゝ)く味(あちはひ)美(ひ)にして甘露(かんろ)の如(こと)くなりと褒詞(ほうし)  ありしより名(な)とせりとそ 【左丁】 玉池(たまいけ) 同所にあり里人(りしん)云(いは)く天文(てんふん)の頃(ころ)天下(てんか)大(おほい)に旱魃(かんはつ)し河水(かすゐ)は  流(なかれ)を絶(せつ)し池沼(ちせう)は平地(へいち)に異(こと)な らす時(ときに)此(この)水(みつ)涌出(ゆしゆつ)する事 常(つね)に  倍(はい)せり此里(このさと)に住(すめ)る一 女子(によし)水(みつ)を掬(すくは)んとして水器(すゐき)の中(うち)に手鞠(てまり)の如(こと)き  一顆(いつくわ)の宝珠(はうしゆ)を得(え)たり玉精(きよくせい)其(その)女子(によし)に託(たく)して云(いは)く是(これ)はこれ八幡(はちまん)  宮(くう)の神器(しんき)なり大永(たいえい)の兵火(ひやうくわ)をさけて此(この)井中(せいちゆう)にあり直(たゝち)に神祠(しんし)に  収(をさ)むへしとなり依(よつて)里民(りみん)大(おほい)に恐(おそ)れ謹(つゝしみ)て是(これ)を神祠(しんし)に収(をさ)むるとそ  《割書:此(この)宝珠(はうしゆ)今(いま)渋谷(しふや)|八幡宮(はちまんくう)に収(をさ)むると云》此故(このゆゑ)玉(たま)の井(ゐ)とも唱(とな)へたりしといへり 神仙水(しんせんすゐ) 八幡(はちまん)の西(にし)にあり相傳(あひつた)ふ往古(そのかみ)空鉢(くうはつ)仙人(せんにん)此谷(このたに)に入(いり)て不老(ふらう)  長生(ちやうせい)の仙丹(せんたん)を煉(ねり)たりし霊泉(れいせん)なり故(ゆゑ)に神仙谷(しんせんたに)とも云(いふ)となり  鉢山(はちやま)といふは法道(はふたう)仙人(せんにん)の鉢(はち)此所(このところ)に自(みつか)ら来(とひきた)る故(ゆゑ)に号(かう)とす  となり 冨士見坂(ふしみさか) 渋谷(しふや)宮益町(みやますちやう)より西(にし)へ向(むか)ひて下(くた)る坂(さか)を云 斜(なゝめ)に芙蓉(ふよう)の  峯(みね)に對(むか)ふ故(ゆゑ)に名(な)とす相模(さかみ)街道(かいたう)の立塲(たては)にして茶店(ちやみせ)酒亭(さかや)