翻刻
【右丁】
云云 相傳(あひつた)ふ往古(そのかみ)鎌倉(かまくら)右大将家(うたいしやうけ)の幕下(はくか)安達(あたち)藤九郎(とうくらう)盛長(もりなか)の
孫(まこ)同(おなしく)出羽守(てはのかみ)景盛(かけもり)の次男(しなん)い石井(いはゐ)石見守(いはみのかみ)兼周(かねちか)その子 同(おなしく)左衛門尉(さゑもんのせう)
兼章(かねあきら)仁治(にんち)元年庚子 執権(しつけん)武蔵守(むさしのかみ)経時(つねとき)の吹挙(すゐきよ)により始(はしめ)て
武州(ふしう)石井郷(いはゐのかう)を賜(たま)はりて此地(このち)に移(うつ)り住(ちやう)す《割書:石井郷(いはゐのかう)も明暦(めいれき)の頃(ころ)大蔵邑(おほくらむら)と|共(とも)に多摩郡(たまこほり)の内(うち)に加(くは)へられ》
《割書:今(いま)は大蔵邑(おほくらむら)に属(そく)して小名(こな)となれり今(いま)石井神社(いはゐのしんしや)の旧地(きうち)を石井土谷(いはゐとたに)といふも古(いにしへ)の称(しよう)を|うしなはさるの證(しよう)なり此地(このち)古(ふる)き御図帳(みつちやう)あるひは古碑(こひ)の類(たく)ひにも荏原(えはら)大蔵邑(おほくらむら)とあり》
《割書:證(しよう)とすへし又 等々力(とゝろき)満願寺(まんくわんし)古文書(こもんしよ)の中(うち)に弘治(こうち)二年丙辰十二月十八日 吉良(きら)左兵衛佐(さひやうゑのすけ)|頼康(よりやす)より賜(たま)ふ所の文に大蔵村(おほくらむら)年貢(ねんく)四十 貫(くわん)皆納(かいのう)石井戸(いはゐと)新開二貫 満願寺(まんくわんし)へ一 貫(くわん)》
《割書:分(ふん)と|云々》故(ゆゑ)に石井(いはゐ)を以(もつ)て氏(うち)とし則(すなはち)當社(たうしや)を尊崇(そんそう)し奉(たてまつ)り石井氏(いはゐうち)累世(るゐせ)鎮(ちん)
護(こ)の神(かみ)とすといふ
《割書:按(あんする)に荏原郡(えはらこほり)不入斗村(いりやますむら)に鎮座(ちんさ)まします鈴(すゝ)の森(もり)八幡(はちまんくう)を以て社司(しやし)等は式内(しきない)|磐井神社(いはいのしんしや)と称(しよう)し又 石川(いしかは)中納言(ちやうなこん)豊人卿(とよひときやう)武蔵守(むさしのかみ)に任(にん)し荏原郡(えはらこほり)に在(おは)せし頃(ころ)》
《割書:霊示(れいし)によりて径始(けいし)せし宮社(きうしや)なりと云 傳(つた)ふ按(あんする)に續日本紀(そくにほんき)に延暦(えんりやく)七年二月|中宮太夫(ちゆうくうのたいふ)従四位(しゆうしゐ)上 石川(いしかは)朝臣(あそん)豊人(とよひと)を兼武蔵守(けんむさしのかみ)とす同年七月 大蔵卿(おほくらのけう)とす》
《割書:と云々 然(しかる)に國(くに)の守(かみ)上古(しやうこ)は府中(ふちやう)に在(さい)せし事 旧史(きうし)に みゆ當国(たうこく)の府(ふ)古(いにしへ)多摩郡(たまこほり)に|あり大蔵村(おほくらむら)其頃(そのころ)荏原郡(えはらこほり)に属(そく)すといへとも多摩郡(たまこほり)に接(せつ)ししかも府(ふ)に遠(とほ)からす》
《割書:恐(おそ)らくは豊人卿(とよひときやう)此地(このち)に在(おは)してより後世(こうせい)大蔵(おほくら)の号(かう)おこるならんか又 武蔵国(むさしのくに)風(ふ)|土記(とき)残編(さんへん)荏原郡(えはらこほり)磐井神社(いはいのしんしや)の條下(てうか)に社辺(しやへん)に磐井(いはゐ)ありとしるせり然(しか)るに當社(たうしや)の》
《割書:旧地(きうち)石井土谷(いはゐとたに)も今(いま)は多摩郡(たまこほり)に加(くは)へられたれとも昔(むかし)は荏原郡(えはらこほり)なり其(その)旧地(きうち)|甘泉(かんせん)涌出(ゆしゆつ)して石井(いはゐ)と号(なつ)く旁(かた〳〵)鑑(かんか)みれは因(ちなみ)あるに似(に)たり猶(なほ)弟(たい)二巻 鈴(すゝ)の森(もり)》
【左丁】
《割書:八幡宮(はちまんくう)の条下(てうか)を|照合(てらしあは)せてみるへし》
東覺山(とうかくさん)吉祥院(きちしようゐん) 地蔵寺(ちさうし)と号(かう)す大蔵邑(おほくらむら)の南(みなみ)鎌田村(かまたむら)にあり天平(てんへい)
十二年庚辰 行基(きやうき)大士(たいし)開創(かいさう)す新義(しんき)の真言宗(しんこんしう)にして小杉(こすき)の西明(さいみやう)
寺(し)に属(そく)せり
本堂(ほんたう) 本尊(ほんそん)地蔵菩薩(ちさうほさつ)《割書:立像(りふさう)御長|一尺七寸》行基(きやうき)大士(たいし)の彫像(てうさう)なり
不動尊(ふとうそん) 《割書:同(おなし)堂内(たうない)に安置(あんち)す良弁(らうへん)僧都(そうつ)の作(さく)にして|刑部少輔(けうふのせういふ)源(みなもとの)義光(よしみつ)願所(くわんしよ)の本尊(ほんそん)なりといへり》
印子(いんす)歓喜天(くわんきてん) 《割書:弘法(こうはう)大師(たいし)の作(さく)鎌倉(かまくら)副元帥(ふくけんすゐ)|平(たいらの)泰時(やすとき)祈祷(きとう)の本尊(ほんそん)なりといふ》 七 観音(くわんおんの)画影(くわえい) 《割書:興教(こうけう)大師(たいし)の筆(ふて)|なりといふ往古(そのかみ)》
《割書:當寺(たうし)盛(さかん)なりし頃(ころ)は仁和寺(にんわし)に属(そく)せしにより久安(きうあん)四年己辰 守覚(しゆかく)法親王(はふしんわう)兵乱(ひやうらん)をさけて|此地(このち)に下(くた)り給ひ同年 中夏(ちやうか)の頃(ころ)より初秋(しよしう)に至(いた)る迄(まて)當寺(たうし)に宿(しゆく)せられし頃(ころ)御寄附(こきふ)》
《割書:ありし|となり》 日輪(にちりん)弘法(こうはう)大師(たいし)画影(くわえい) 《割書:嵯峨帝(さかてい)八宗論(はつしうろん)の御影(みえい)なり同 大師(たいし)の真筆(しんひつ)|にて是(これ)も仁和寺宮(にんわしのみや)御寄附(こきふ)なりといへり》
縁起(えむきに)曰(いはく)天平(てんへい)十二年庚辰 行基(きやうき)大士(たいし)勅(ちよく)を奉(うけたまはり)りて諸國(しよこく)に伽藍(からん)を
造立(さうりふ)し給ふにより其頃(そのころ)當國(たうこく)に至(いた)りたまふ然(しかる)に此地(このち)に齢(よはひ)六十は
かりの貧女(ひんちよ)住(すめ)り幼(をさなき)より地蔵尊(ちさうそ)を信(しん)し参(まゐ)らせ称名(しやうみやう)しはらくも
止時(やむとき)なくそ供養(くやう)し奉(たてまつ)りける彼(かの)貧女(ひんちよ)一日 行基(きやうき)菩薩(ほさつ)の御許(おんもと)に至(いた)り