翻刻
【右丁 絵図】
和泉村(いつみむら)
霊泉(れいせん)
弁天
【左丁】
一 枚(まい)當社(たうしや)に存(そん)す《割書:寛永(くわんえい)二年乙丑五月 江戸氏(えとうち)の遠裔(ゑんえい)喜多見(きたみ)|勝重(かつしけ)當社(たうしや)を重建(ちやうこん)せしといふ》
梁牌銘曰
別當宮本房
代宦 香取新兵衛
聖主天中天 加陵頻伽聲
奉再造氷川明神社頭一宇天道納受修
哀愍衆生者 我等今敬禮
大檀那江戸刑部少輔頼忠 大工石渡
鍛冶正吉
同背面曰
于時永禄十三年庚午歳卯月二十七日
武州下多東郡中丸江喜多見村
石華表(いしのとりゐ)《割書:左右(さいう)石柱(せきちやう)に承應(しやうおう)三年甲午九月 喜多見氏(きたみうち)久太夫(きうたいふ)重勝(しけかつ)同五郎 左衛門(さゑもん)|重恒等(しけつねら)建立(こんりふ)するよし鐫付(ゑりつけ)てあり》
馬頭(はとう)観音堂(くわんおんたう)《割書:華表(とりゐ)の右の方にあり喜多見(きたみ)重勝(しけかつ)の乗馬(しやうめ)の斃(たふ)れしを|埋蔵(まいさう)して観音(くわんおん)に崇(あか)むるといふ》
江戸(えと)遠江守(とほ〳〵みのかみ)旧舘地(きうくわんのち) 氷川明神(ひかはみやうしん)の社地(しやち)より一丁 計(はかり)巽(たつみ)の方小(を)
篠(さゝ)の猥雜(わゐさつ)たる所を名(な)つく今(いま)は除地(ちよち)とす延文(えんふん)三年十月十日