翻刻
【右丁】
《割書:宝物(たからもの)|とす》
雪(ゆき)か坂(さか) 飯室山(いひむろやま)の南(みなみ)の續(つゝき)より曲折(きよくせつ)して西(にし)へ下る坂路(さかみち)を云(いふ)登戸(のほりと)の
辺(あたり)より平村辺(たひらむらへん)への通道(とほりみち)なり頗(すこふ)る美景(ひけい)の地(ち)なり
薬師堂(やくしたう) 長尾村(なかをむら)の内(うち)二子(ふたこ)街道(かいたう)の右側(みきかは)山(やま)の上(うへ)にあり本尊(ほんそん)薬師(やくし)
如来(によらい)の霊像(れいさう)は影向寺(えうかうし)の本尊(ほんそん)と同木にして慈覚(しかく)大師(たいし)の彫造(てうさう)
なりと云 秘佛(ひふつ)にして常(つね)に拜(はい)する事なし《割書:天台宗(てんたいしう)同所 妙樂(めうらく)|寺(し)別當(へつとう)たり》
大師(たいし)巖室(けんしつ) 土人(としん)大師穴(たいしあな)と称(とな)ふ薬師堂(やくしたう)の山(やま)の後(うしろ)西向(にしむかふ)の所にあり
入口(いりくち)は一 間(けん)四方はかりあり空中(くうちゆう)は二間四方にして髙(たか)さも相同(あひおな)し
享保(きやうほ)の頃(ころ)一人(ひとり)の山伏(やまふし)心願(しんくわん)の事ありとて断食(たんしき)にて此(この)窟中(いはやのうち)に一七
日の間(あひた)篭(こも)りたりと云傳(いひつた)ふるのみにて大師(たいし)と称(しよう)する所謂(いはれ)しりかたし
《割書:今(いま)窟中(いはやのうち)に青(あを)き板石(いたいし)の|古碑(こひ)四五 枚(まい)あり》
五所(こしよ)権現(こんけん)社 藥師堂(やくしたう)の南(みなみ)の山續(やまつゝき)にあり祭神(まつるかみ)詳(つまひらか)ならす神躰(しんたい)は
何(いつ)れも座像(さゝう)にして丈(たけ)七八寸はかり烏帽子(えほし)を冠(かむる)か如(こと)きもの或(あるひ)は
【左丁】
僧形(そうきやう)のものありて都(すへ)て五躰(こたい)なり《割書:荒木彫(あらきほり)にして尤(もつとも)古物(こふつ)なり|形勢(きやうせい)見分(みわけ)かたし》毎年(まいねん)
正月二日 桃樹(もゝのき)の枝(えた)を伐(きり)て弓(ゆみ)とし箭(や)を放(はな)つ旧式(きうしき)の祭㕝(さいし)あり
杉山(すきやま)明神(みやうしん)祠 相州(さうしう)厚木(あつき)街道(かいたう)溝(みそ)ノ(の)口(くち)の驛(えき)より左に入て十六町はかり
南(みなみ)の方 久本邑(ひさもとむら)にあり上(かみ)の宮(みや)と称(しよう)するは別當(へつたう)龍臺寺(りうたいし)《割書:天台宗(てんたいしう)深大(しんたい)|寺(し)に属(そく)す》
《割書:毘沙門堂(ひしやもんたう)の本尊(ほんそん)は|慈覚(しかく)大師(たいし)の作(さく)なり》の西(にし)の山續(やまつゝき)にありて其間(そのあひた)一町 斗(はかり)を隔(へた)つ下(しも)の
宮(みや)も同し寺(てら)の堂(たう)の左の方 石階(いしはし)の上(うへ)にあり祭神(まつるかみ)詳(つまひらか)ならすと
いふ當社(たうしや)は延喜式(えむきしき)内同國 都筑郡(つつきこほり)星川邑(ほしかはむら)鎮座(ちんさ)の杉山(すきやま)神社(しんしや)の
模(うつし)なるへし祭礼(さいれい)は九月廿九日なり《割書:此社(このやしろ)へ觸穢(けかれたる)の者(もの)詣(まうつ)れは必(かならす)災(わさはひ)|ありとて土人(としん)甚(はなはた)恐怖(きやうふ)せり》
稲毛(いなけ)藥師堂(やくしたう) 野川邑(のかはむら)の内(うち)府中(ふちゆう)往来(わうらい)の道(みち)より三丁 計(はかり)西(にし)にあり
醫王山(いわうさん)影向寺(えうかうし)と号(かう)す《割書:天台宗(てんたいしう)多麻郡(たまこほり)|深大寺(しんたいし)に属(そく)せり》聖武(しやうむ)天皇(てんわう)の御 願(くわん)にして
行基(きやうき)大士(たいし)開基(かいき)す其後(そのゝち)文徳(もんとく)清和(せいわ)両帝(りやうてい)御再興(こさいこう)ありて慈覚(しかく)
大師(たいし)修造(しゆさう)せり三帝(さんてい)の勅願(ちよくくわん)両大師(りやうたいし)構営(かうえい)の靈塲(れいちやう)にして利益(りやく)
著(いちしる)し《割書:此故(このゆゑ)に上古(しやうこ)は僧坊(そうはう)百戸(ひやくこ)三箇寺(さんかし)九院(くゐん)ありて|昼夜(ちゆうや)仕候(しこう)しいとも盛大(せいたい)の寺院(しゐん)なりしといへり》