翻刻
【右丁 絵図】
橘明神祠(たちはなみやうしんのやしろ)
【左丁】
渋口 ̄ノ郷 ̄ノ事任 ̄セ_下被 ̄ルヽ_二仰下之旨_上差_二遣 ̄シ使者 ̄ヲ_一然 ̄シ_二
沙汰 ̄ヲ付 ̄シ下地 ̄セント_一於_二國経_一候也處 ̄ニ江戸 ̄ノ蔵人入道
希全同 ̄ク信濃入道三貞同 ̄ク四郎入道道儀等
卒 ̄テ_二多勢 ̄ヲ_一構 ̄フ_二城郭 ̄ヲ_一無 ̄ク_二是非 ̄ノ擬 ̄ヒ_一及 ̄ヒ_二合戦 ̄ニ_一候之間 ̄タ
不_レ能_二相渡 ̄ヿ_一候若此条偽り申候者
八幡大菩薩六所大明神 ̄ノ御罰 ̄ヲ可 ̄ク_二罷蒙 ̄ル_一候以 ̄テ_二此
旨 ̄ヲ_一可 ̄ク_レ有 ̄ル_二御披露_一候恐惶謹言
至徳元年七月廿三日 沙弥聖顕
在判
進上
御奉行所
相傳(あひつたふ)往古(そのかみ)日本武尊(やまとたけるのみこと)東征(とうせい)の時(とき)此地(このち)より發舩(はつせん)なし給へりと云
《割書:先(さき)に挙(あく)る所(ところ)の舩(ふね)河原(かはら)其(その)旧跡(きうせき)なりと云 上古(そのかみ)は|品川(しなかは)神奈川(かなかわ)の地(ち)共(とも)にひとつの海(うみ)なりしとなり》或(あるひ)は武尊(ふそん)此(この)海中(かいちゆう)風浪(ふうらう)の難(なん)に
逢(あひ)給ひし頃(ころ)橘姫(たちはなひめ)の御衣(きよい)及(およ)ひ御冠(おんかふ)りの具(く)抔(なと)此(この)山(やま)の下(した)に漂着(ひやうちやく)せし