東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之8 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之8 - ページ 71

ページ: 71

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【右丁 絵図】 十三塚(しふさんつか) 【左丁】  軀(く)を安置(あんち)せり《割書:女體(によたい)は弟橘媛(おとたちはなひめ)|男體(なんたい)は日本武尊(やまとたけるのみこと)》勧請(くわんしやう)の始(はしめ)詳(つまひらか)ならす此地(このち)の人 他邦(たはう)へ  出(いつ)る事ある時(とき)は必(かならす)先(まつ)當社(たうしや)に詣(まふ)て然(しか)して後(のち)發足(ほつそく)せされは路中(ろちゆう)過(あやまち)あり  とて大(おほい)に恐怖(きやうふ)せり  古文書(こもんしよ)一通《割書:子母口村(しほくちむら)の里正(なぬし)伊藤氏(いとううち)の家(いへ)に蔵(さう)す子母口(しほくち)|昔(むかし)は渋(しほ)口なる事 此書(このしよ)によりて明(あきら)けし》    渋口郷目録   一町 大戸宮 神田   二段 立花宮 神田    領家方   能登出作   宇田壹町四反    田壹町   散在   合貮町四反 《割書:此内四段小せきめん御公事免のことく|以上一貫貮百三十七文 分銭》   以下略之   岩松礼郡代國経申す武蔵國稻毛ノ新庄ノ内