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有栖川幸仁親王の御筆もあり
隅田川みやこの川とにすねふともことの葉たらしあかぬ詠めは
又信尋公御筆して木母寺の三大家あり皆当寺の什物と成て今に
伝ふ予かいとけなき頃は寺内のさまものふりて草深くしけり苦
あつくむして茅屋の軒端あれてしのふ草生いて竹の垣は
くつれて田の面見わたされ哀ふかくゆかしかりしに今年癸酉
の春たま〳〵爰に遊ふに纔に十五六年を暦たるに貴様大にか
はりて堂のつくり門のかまへ昔にたかひていかめしく石をたゝみたる
きたはし朱にぬりたる蔀石にてつうなしたるみつかきを相
の前にめくらし人をせにしたるなと誠に数風景の偽地とは成ぬ此頃へ
漆務親の入蜀紀を門はるに云至太平興国寺門前席頭本
小淵比年梵以搏、但如一溝無復古趣、予勧其主僧法文
去博便少近自然不知能用状言否とあり唐山は文雅を専
らする邦なれとも又かくのことき俗悟ありいわんや木母寺をやと
嗟嘆して止
こは癸酉の年梅若祠一井扉の時に書置たる也