翻刻
こゝに明暦三年正月十八日本郷丸山本妙寺ヨリ出火高なわ迄
焼此時の変死人馬喰丁邊にて一万九千余人死浅草
御門内男女一万七千余人御蔵前にて七百八十人れいがん寺の
はかばにて七千八百廿八人柳原にて一万五千人するがだい千百
十二人小川町ばん丁にて一万四百余人丸の内二万五千余人通丁
八千人余人筑地てつほふづにて三百五十人あたこ下にて七百五十人
西の久保飯倉三田通六百四十人小石川牛込麹町三ヶ所
二千七百余人浅草
馬道どふり二百十人田原町百
六十人下谷ひろかうじ六百丗人芝金杉七百五十人廿一日
大ゆきふり高なわにて二千六百六十余人こゞへ死なり惣高
拾万八千人かゝる大火焼死たるなきがらをすて所なく
本所牛嶌のぬまへうづめべしと御さしづに付沼にはこび一ツゟ
次第に数をして打込その数十万八千人となりける此上に
とうばを立ふかれたり夜な〳〵おびたゞしく人のなきさけぶ近へんの
百性これをきくも身のけもよだつばかりなり芝増上寺《?:妙光至》人様【増上寺第二十三世の遵誉貴屋を指すヵ】
【図の卒塔婆の文字】
男女死人無縁塚