翻刻!草双紙の世界

コレクション: @chinjuさんと読む草双紙

天竺儲之筋 / 市場通笑作 - 翻刻

天竺儲之筋 / 市場通笑作 - ページ 7

ページ: 7

翻刻

おにのよう□【た】のきじんだのとひとくちにはりこめとも なか〳〵そんな事ては なしやまとうたには つかもなくかんしんして いるきじんにおふどふ なし【鬼神に横道なし】のたといなにより たしかなたとへは 梅わかさまのこなんぎを うへから見てきのどくか□【り】 いくねんになる事かいま□【に】 二【三の上棒が欠損?】月十五日かゝさすなみたあめ そがきやうたいはとらかなみだのもらいなき いつまでもわすれぬ所 はなはだこ?がな しほうし?き ものなりきんねん てかわりのなみた あめとういふりやうけんか ちやにしてやめけるが けつこうじん【結構人】かと おもへはしよさいのない【如才のない】 所もあると 見へたり 【鬼神に横道なし:鬼神=天地の神霊は正道を外れることはしない。】 【梅若様:梅若は京都北白川の吉田少将の子だが、人買いに誘拐され、今の墨田区にある木母寺あたりで病死する。】 【二月十五日:梅若忌のことだと思うが、それなら三月十五日のはずなので、横棒が一本欠損しているかもしれない。】 【手替わり:前にしていた人とかわり、別の人がすること。】 【茶にする:馬鹿にする。】 【結構人:お人好し。】 【如才のない:ぬかりない。】

現代語訳

鬼のようだの鬼神だのと一口に張り込めども、なかなかそんな事ではなし。大和歌には「つかもなく感心している鬼神に横道なし」の例えが何より確かな例えは、梅若様のご難儀を上から見て気の毒がり、幾年になる事か今に三月十五日、笠差す涙雨、その有様は虎か涙の貰い泣き、いつまでも忘れぬところは、はなはだ心がな(優しい)、思いやりのあるものなり。 近年、手替わりの涙雨と言う降り様、見かけは茶にして(馬鹿にして)やめけるが、結構人(お人好し)かと思えば、如才のない(抜け目のない)ところもあると見えたり。

英語訳

Though people hastily call them "demons" or "evil spirits," it's really not like that at all. As the Yamato poetry says, there's a reliable example in the saying "spirits who are deeply moved have no evil ways" - they look down from above at young Umewaka's suffering with pity, and for how many years now, still on March 15th, they shed tears of rain with bamboo hats, their appearance like tigers weeping in sympathy, never forgetting - this shows they are extremely kind-hearted and compassionate beings. In recent years, the way the "substitute tears" fall as rain appears mocking on the surface, but while they might seem like simple good-natured folk, they also show shrewd and calculating aspects.