東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 1

日光山志 - 翻刻

日光山志 - ページ 76

ページ: 76

翻刻

【右丁】 瀧尾瀑布(たきのをのたき) 白糸瀧(しらいとのたき)とも唱(とな)ふ不動堂(ふどうだう)の後背(うしろ)にて岩上(がんしやう)より凡(およそ)二丈  餘(よ)飛流(ひりう)する形勢(ぎやうせい)数流(すりう)に分(わか)れ素糸(しらいと)を散流(さんりう)するにことならず此瀧(このたき)  を索麪瀧(さうめんのたき)といふは誤(あやまり)なり索麪瀧(さうめんのたき)は含満(かんまん)の南にあり爰(こゝ)の山谷(さんこく)を素(さう)  麪谿(めんだに)といふ由(よし)ものに見(み)えたり  囘國雑記云(くわいこくざつきにいはく)瀧尾(たきのを)と申(まうし)侍(はべ)るは無双(ぶさう)の靈神(れいじん)にてまし〳〵ける飛流(ひりう)の  姿(すがた)目(め)をおどろかし侍(はべ)りき   世(よ)〻(ゝ)を經(へ)て結(むす)ぶちぎりの末(すゑ)なれやこの瀧(たき)の尾(を)のたきのしらいと 別所(べつしよ) 石階(せきかい)数級(すきふ)を登(のぼ)り右の方(かた)にあり例(れい)の日光責(につくわうぜめ)の道具(だうぐ)をかけ双(なら)ぶ  爰(こゝ)の別所(べつしよ)は衆徒中(しゆとのうち)にて五年 替(がは)りに兼持(けんぢ)す 御宮(おんみや)の社家(しよけ)二﨟(じらふ)な  るもの社務(しやむ)を司(つかさど)る扨(さて)日光責(につくわうぜめ)といふは此(この)別所(べつしよ)より濫觴(らんしやう)せし事  ともいひ傳(つた)ふ里諺(りげん)にいつの頃(ころ)にや地蔵(ぢざう)人間(にんげん)に変(へん)じ來(きた)りて索麪(さうめん)  を乞(こひ)けるを責(せめ)しより始(はじま)れりといふ或(あるひ)は貉(むじな)いぶしなどいふ事もあり 【左丁】  別所(べつしよ)の座敷(ざしき)に常人(じやうじん)を入(いれ)ざる間(ま)もあり又(また)は額(がく)の間(ま)といふもあり  是(これ)は弘法大師(こうぼふだいし)書(かき)玉(たま)ひし女體中宮(によたいちゆうぐう)の古額(こがく)有(ある)ゆゑにや今(いま)楼門(ろうもん)に掲(かゞけ)  たるは古額(こがく)を摸(うつし)たるものなりとぞ宝物(はうもつ)に古面(こめん)多(おほ)く其中(そのなか)に深秘(しんひ)  として見(み)る事をゆるさゞる面(めん)あり  抑(そも〳〵)瀧尾(たきのを)は弘仁十一年七月廿六日 弘法大師(こうぼふだいし)始(はじめ)て當山(たうざん)に下着(げちやく)し  玉ひ先(まづ)四本龍寺(しほんりうじ)の室(しつ)に入(いり)給(たま)ひ上人(しやうにん)の遺㐧(ゐてい)敎旻(けうひん)道珍(だうちん)等(とう)其餘(そのよ)の徒(と)  を伴(ともな)ひ瀧尾(たきのを)に到(いたり)給ふに瀧(たき)有(あり)て乱糸(らんし)に似(に)たりとて是(これ)より白糸(しらいと)の  名(な)起(おこ)れりとぞ嶺(みね)を龜山(かめやま)と名附(なづけ)給ふ其形(そのかたち)の伏龜(ふくき)に似(に)たるを以(もつ)て  なり空海和尚(くうかいをしやう)境地(きやうち)の靈區(れいく)なるを感(かん)じ玉ひ大杉(たいさん)のもとに庵(いほり)を結(むす)  び壇(だん)を設(まうけ)て仏眼金輪法(ぶつげんこんりんほふ)を修(しゆ)し給(たま)ふ事(こと)一七 日夜(にちや)地中(ちちゆう)より一白玉(ひとつのはくぎよく)  出現(しゆつげん)す是(これ)則(すなはち)天補星(てんほせい)なりとて祀(まつ)り給ひ小玉殿(せうぎよくでん)と称(しよう)する是(これ)なり又(また)  も勤行(ごんぎやう)せられしに天(てん)より一白玉(ひとつのはくぎよく)降(くだ)りて水上(すゐしやう)に浮(うか)び我(われ)は妙見星(みやうけんせい)

現代語訳

【右丁】 滝尾瀑布(たきのおのたき) 白糸滝(しらいとのたき)とも呼ぶ。不動堂の後ろにあって、岩上からおよそ二丈  余り飛び流れる様子は数筋に分かれ、白い糸を散らし流すのと同じである。この滝  を素麺滝(そうめんのたき)というのは間違いである。素麺滝は含満の南にあり、ここの山谷を素  麺谷(そうめんだに)という由来が文献に見える。  『回国雑記』に言う。「滝尾と申しますのは無双の霊神でいらっしゃいます。飛び流れる  姿は目を驚かせました」   世々を経て結ぶ契りの末なれやこの滝の尾の滝の白糸 別所(べっしょ) 石段数段を登り右の方にある。例の日光責(にっこうぜめ)の道具を掛け並べている。  ここの別所は衆徒の中で五年交替で兼任する。御宮の社家で二臈(にろう)という  者が社務を司る。さて日光責という習慣は、この別所から始まったこと  とも言い伝えられている。里の言い伝えによると、いつの頃か地蔵が人間に変じて来て、素麺  を乞うたのを責めたのが始まりだという。あるいは狸いぶしなどという説もある。 【左丁】  別所の座敷に一般人を入れない間もある。また額の間というのもある。  これは弘法大師が書かれた女体中宮の古い額があるからであろうか。今楼門に掲げて  あるのは古額を写したものであるという。宝物に古い面が多くあり、その中に極秘  として見ることを許さない面がある。  そもそも滝尾は、弘仁十一年七月二十六日、弘法大師が初めて当山に到着され、  まず四本龍寺の室に入られ、上人の弟子である教旻(きょうびん)、道珍(どうちん)等その他の弟子  を伴って滝尾に到られると、滝があって乱れた糸に似ているとして、これより白糸の  名が起こったという。峰を亀山と名付けられたのは、その形が伏せた亀に似ているため  である。空海和尚は境内の霊域であることを感じられ、大杉のもとに庵を結び、  壇を設けて仏眼金輪法を修められること一週間、地中より一つの白玉が  出現した。これは天補星であるとして祀られ、小玉殿と称するのがこれである。また  勤行をされていると、天から一つの白玉が降りて来て水上に浮かび、「我は妙見星 【右丁】 滝尾瀑布(たきのおのたき) 白糸滝(しらいとのたき)とも呼ぶ。不動堂の後ろにあって、岩上からおよそ二丈  余り飛び流れる様子は数筋に分かれ、白い糸を散らし流すのと同じである。この滝  を素麺滝(そうめんのたき)というのは間違いである。素麺滝は含満の南にあり、ここの山谷を素  麺谷(そうめんだに)という由来が文献に見える。  『回国雑記』に言う。「滝尾と申しますのは無双の霊神でいらっしゃいます。飛び流れる  姿は目を驚かせました」   世々を経て結ぶ契りの末なれやこの滝の尾の滝の白糸 別所(べっしょ) 石段数段を登り右の方にある。例の日光責(にっこうぜめ)の道具を掛け並べている。  ここの別所は衆徒の中で五年交替で兼任する。御宮の社家で二臈(にろう)という  者が社務を司る。さて日光責という習慣は、この別所から始まったこと  とも言い伝えられている。里の言い伝えによると、いつの頃か地蔵が人間に変じて来て、素麺  を乞うたのを責めたのが始まりだという。あるいは狸いぶしなどという説もある。 【左丁】  別所の座敷に一般人を入れない間もある。また額の間というのもある。  これは弘法大師が書かれた女体中宮の古い額があるからであろうか。今楼門に掲げて  あるのは古額を写したものであるという。宝物に古い面が多くあり、その中に極秘  として見ることを許さない面がある。  そもそも滝尾は、弘仁十一年七月二十六日、弘法大師が初めて当山に到着され、  まず四本龍寺の室に入られ、上人の弟子である教旻(きょうびん)、道珍(どうちん)等その他の弟子  を伴って滝尾に到られると、滝があって乱れた糸に似ているとして、これより白糸の  名が起こったという。峰を亀山と名付けられたのは、その形が伏せた亀に似ているため  である。空海和尚は境内の霊域であることを感じられ、大杉のもとに庵を結び、  壇を設けて仏眼金輪法を修められること一週間、地中より一つの白玉が  出現した。これは天補星であるとして祀られ、小玉殿と称するのがこれである。また  勤行をされていると、天から一つの白玉が降りて来て水上に浮かび、「我は妙見星

英語訳

【Right Page】 Takino-o Waterfall (Takino-o-no-taki) Also called White Thread Falls (Shiraito-no-taki). Located behind Fudō Hall, it flows down from the rocks for about two jō,  its cascading form divided into several streams, exactly like scattered flowing white threads. Calling this waterfall  Sōmen Falls (Sōmen-no-taki) is an error. Sōmen Falls is located south of Kanman, and the origin of calling this mountain valley Sōmen  Valley (Sōmen-dani) appears in literature.  The "Kaikoku Zakki" (Record of Traveling the Provinces) states: "What is called Takino-o is an incomparable sacred deity. The sight of the cascading water  was startling to the eye."   Through generations bound by ties of fate, are these the white threads of this Takino-o waterfall? Bessho (Retreat) Located to the right after climbing several stone steps. The usual implements for Nikkō-zeme are hung and displayed.  This retreat is managed by members of the Buddhist community in five-year rotations. Among the shrine priests of the main shrine, one called nirō  supervises the shrine affairs. It is also said that the custom called Nikkō-zeme  originated from this retreat. According to local legend, at some point Jizō transformed into human form and came  to beg for sōmen noodles, and tormenting him was the beginning. There are also theories about badger smoking and such. 【Left Page】  There are rooms in the retreat where ordinary people are not admitted. There is also what is called the "Plaque Room."  This is perhaps because there is an old plaque of the Nyotai Chūgū (Female Deity Central Shrine) written by Kōbō Daishi. What is now displayed on the tower gate  is said to be a copy of the old plaque. Among the treasures are many old masks, and among them are some masks that are kept  as deep secrets and not permitted to be viewed.  Now, regarding Takino-o: on the 26th day of the 7th month of Kōnin 11 (820), Kōbō Daishi first arrived at this mountain,  first entering a room at Shihonryūji, and accompanied by the master's disciples Kyōbin, Dōchin, and other followers,  arrived at Takino-o. Seeing a waterfall that resembled tangled threads, the name "White Thread"  originated from this time. He named the peak Kameyama (Turtle Mountain) because its shape resembled a crouching turtle.  The monk Kūkai, feeling this was a sacred spiritual area, built a hermitage beneath the great cedar and  set up an altar to practice the Buddha-Eye Golden Wheel Dharma for seven days and nights. From underground, a single white jewel  emerged. Regarding this as the Tenhō Star, he enshrined it, and this is what is called Shōgyokuden (Small Jewel Hall). Moreover,  while performing religious practices, a single white jewel descended from heaven, floating on the water, saying "I am Myōken Star