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翻刻
一 廿四日天晴昨夜寄合のことく在所人足六十人出して祝方
之御料屋同渡屋の地形三寸ツヽすかセ又祝屋ヲ曳又
日供御料屋地形ヲならすもの也
一 同日ニ近日吉日ナレハ祝方ノ御料屋同わたりや柱立午刻
已前ニ可仕之由ニ候材木ヲはこハせ相待申候へと地形
すくにゟ時刻うつり申ノ上刻ハかりに祝方ノ御料屋
同わたり屋ノ柱立有之則晴木等迄立之
《割書:楼門大門差別事》【朱書】
一 廿五日午前晴雷鳴動
同日朝社司氏人社頭へ参り楼門二重屋ねニ可然之由
大和大工棟梁ニ申渡則絵図ヲカケ二重屋ねの体ヲ
ミセ申候処ニ大和大工申候様ハ楼門ト云ニハ二重屋ね
のある事なし若二重屋ねならハ大門ツクリト
云ヘシ然ルニ楼門ト書付有之上は二重屋ねノ事分
別ニアタハスコレトテモ当社ノ大工ニ成共社法タルノ
由申者有之ハ可仕候此絵図ヲ見申ニ細工絵ト
みヘ申候大工ノ仕リ候絵図ニテハ無之トみヘ申由候て
二重やねの事合点不申候間用久ナトモ絵図
ヲ細工絵ト申候由きゝ候腹立タリ然共大和大
【左丁上部の朱書】
詮平天正造営
記云此楼門絵
図ニ相違シテ
立之上古ハ二
重屋根ニシテ扉
モナク三門透明也
然ニ屋根ヲ一重ニ
シ扉ヲツクリカマヘ
スル事大ナル誤也
後代ハ可成其心
得者也云々
房按ニ此二記参考スルニ恐ラクハ楼門ノ名誤歟上古ノ制作大門ノ名正シカルヘシ然レトモ楼門ノ名モ尤古シ兵範記